優しい爪先立ちのしかた
先ほどの硬い表情は抜けている。
「何してるんですか」
「落ちたの。早く引き上げて」
濡れることも気にせず、梢は栄生を抱き上げた。
「裏口から旅館入って、部屋に帰りたい」
小さくそう言うと、同じように小さく頷き、来た道を振り返ることなくそのまま旅館の裏口へ歩いて行った。
抱き上げてくれた梢からは微かに煙草の香りがした。それであんな場所に来た理由が察せる。
「…お兄さんに言われたんでしょう」
「なんのことですか」
「何でもない。降ろして良いよ、重いでしょう?」
「眠っている時の栄生さんより全然運びやすいです」
少しだけ笑う梢。
あ、笑った。
「まず重いって言ってるの否定しなさいよ」