優しい爪先立ちのしかた




おかえり、と鍋から顔をあげると心ここにあらずな梢の姿。

「おかえり、深山コロッケまで行ったの? 結構遅かったけど」

「あ、すいません。代わります」

栄生の持つ菜箸に触れる。

質問に答えなかったことに何も言わず、それを渡した。

先程カナンに言われた言葉が頭に残っている。

どうしてこうも、栄生は沢山の顔を持っているのか。どれが本物の栄生なのか。

『あ、梢さん』

振り返ったカナンが思い出したように言う。

『梅雨だけは、違いますから』

「梢、」

バンっとシンクを叩いた栄生に、我に返った。どちらも驚く光景は、傍から見ると滑稽極まりない。

「カナンは、うちのこと、ちゃんとは知らないから。氷室の家の人間が世間を知るために田舎にきてるくらいにしか思ってないから」

「…はい」

「あまり、複雑だってことは、言わないで」



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