本当はね…。
………。
結局……。
「こういうことですか…。」
案内されたのはキッチン。
時計は丁度お昼の12時を少しすぎた頃をさしていた。
今、私は佐々家のキッチンでフライパンを振っています。
「わりぃな。飯の準備の手伝いさせちまって…。」
戸棚から皿を取り出しながら佐々舞尋が謝る。
いや、まぁ…。良いんですけどね。
「泊まらせてもらうわけだし、何かお手伝いはするつもりだったんで…。」
逆に良かったかも。洗濯とかもできたけど、よく考えたら男物を干すのは…ちょっと…ね。
「他の先輩はお料理苦手なんですか?」
単純に疑問に思った。
「あー…いや。できないわけじゃなねぇんだけど…。ユキの場合は喋って手が進まねぇし。カオルは俺の立場なくなるくらいテキパキやっちゃうし、ミサキに関しては小姑レベルにケチつけてくる。わざとな。」
………。あー…なぜだろう。容易に想像できてしまった…。
それで、この人選か。納得だ。……心のどこかで微かに期待していた私がいたなんて、恥ずかしくて言えるわけない…。
「あの、ケチャップライスの味とかって濃い方が良いですか?」
男の人の好みは濃いイメージがあったから一応聞いておく。ちなみにオムライスを作る予定。
「あー…どーなんだろーな。俺は普通だけど…普通っていうのも個人差あるしな。」
そうなんだよね…。
「まぁ、作ってもらって文句は言わねぇだろうから七瀬の好みで良いんじゃん?」
…確かに一人一人の好みに合わせるのも面倒だし…。それに、薄めに味付けしとけば個人で調整するよね。
「じゃぁ、私の味付けでやっちゃいますね。」
「ああ。頼む。」
…とりあえず、料理そこそこ出来る人間で良かった…と思う。しばらくして…。
手際が良いかはわからないけど、とりあえず完成。
見た目は大丈夫そうだけど、一応味見をしておこう。
小さなスプーンで一口……。
…………。…美味しい。
「うわ…私天才だわ…。」
つい、いつものくせでポロリと漏れた。
「そんなか?」
私の声が聞こえていたらしく、佐々舞尋がこちらに向いた。ここが我が家ではないということをすっかり忘れていた…。
「いや…今のは勢いというか…。思わず言っちゃったというか…。そこまで美味しいかは…。」
急に恥ずかしくなった。
からかわれるに決まってる。そう思ったが…。
「なんだそれっ。お前可愛いな。」
「なっ………‼‼‼」
佐々舞尋が子供のようにくしゃっと笑った。しかも平気で恥ずかしいことを言うし…。
不意打ちでそんなことを言うから、私の顔は熱くなるほど赤くなった。
反射的に顔を佐々舞尋から背ける。こんな顔見せたくない。
この状況をどうにかしなきゃ。
「あのっ‼…えっと…あっ、味見‼味見してみます?」
テンパりながらも上手く繋げた。
「え、良いのか?」
「どーぞどーぞ。」
若干引け腰の私だった。
「じゃっ遠慮なくいただく。」
そんな私には気づかず、いたって冷静の佐々舞尋。まぁ、気づかれない方が良いんだけども…。
「じゃぁ、新しいスプーン持って来ますね。」
私が使ったスプーンを小皿に置き、新しいスプーンを出そうとした。すると…。
「えっ?ソレで良くね?」
佐々舞尋の視線の先には私が使ったスプーン。
…………。……………え⁉
「いやっ、でも、コレ私が使っちゃったし…。」
再びパニックの私。この人は何を言っているのだろうか。自分が何を言っているかわかってるのだろうか。
「……は?だから?」
だからダメなんでしょーがっ‼と、心の中でツッコむ。……が。実際には言えず…。
「え…あの。……え⁉」
本気か⁉本気なのか、この人。
「何も問題なくね?」
佐々舞尋の顔はいたって普通。問題ありまくりじゃね?…なんて言えるわけもなく…。
「…いや、もういいです。なんか私が恥ずかしくなってきたんで…。」
たかが味見。こんなことで動揺してちゃ、これからやっていけない。
「なんだそれ。まぁいいけど。」
不思議そうに笑う佐々舞尋。ここまでくると私が普通じゃないのかと不安にもなるけど…。慣れなきゃね。
深呼吸を一つ。大丈夫。とりあえずあと3日。気合を入れ直す。……けど。
「あっ…でも俺、今皿持ってるから食わして。」
…………。
はい?
「………え?」
思わず聞き返してしまった。聞き間違いかもしれない…。
「え?じゃねぇよ。手ぇ空いてねぇから食わせろって言ったんだよ。大丈夫か、この近距離で聞こえねぇとかやべぇぞ?」
いやいや、聞こえてはいましたよ?
むしろ驚くくらいはっきりと聞こえてましたよ?
……いやいやいやいやいや。
………本気か⁉本気なのか⁉これってアレでしょ?世間でいうアーンってやつでしょ?バカップルがやるやつでしょ?
………。
前言撤回‼慣れるわけがない。こんなことに慣れちゃいけないっ。心臓が持ちません。
「おい?七瀬?」
これが当たり前なの?この人ってこういうこと普通にできるの?女の子相手だよ?
………ん?待て。もしかして女として見られてないのか?
……あれ?そういうこと?そう考えたら全部納得できる。
………。泣ける話だぜ。
……こうなったら。ヤケクソじゃ‼
「もうっ‼いいですよっ‼はい、口開けて‼」
八つ当たりに近い。佐々舞尋は不思議そうに私を見つめたが、すぐに口を開ける。
そして、またしてもここで思い出した。この佐々舞尋という男…確か猫舌だった記憶がある。中学の時、生徒会室で紅茶を入れる私にミサキ先輩がアドバイスしてくれたのを思い出す。
無防備に口を開けて待つ佐々舞尋。綺麗な顔しちゃってさ…。
……仕方ない。冷ましてあげよう。…恥ずかしいけどね。…恥ずかしいけどね‼
ここで熱いケチャップライスをあげるほうが性格悪いし…。