本当はね…。
……
『髪の毛を切って来いと何度言ったらわかるんだ?肩についとるだろ。』
中学に入学してからしばらくたったころだ。職員室に用があってやって来た私の視界に入った1人の男子上級生。
職員室に響いた男教員の声。なんとなく、罵声を浴びせられている男子生徒に視線を移すと、その男子生徒は詫びる様子もなく立っていた。
『お前がそんなのだとな、新入生にも示しがつかないんだぞ。わかってるのか?』
頭を抱える教員。
でも、私はその教員が言うほどその男子上級生の髪の毛が長いとは感じなかった。
『聞いてるのか、佐々‼』
なんとなく当たりが強い教員にその男子生徒は…。
『だいたい聞いてますよ?』
ケロっとした表情で首をかしげた。
『佐々ぁ。お前はぁー…‼』
私は我慢できなかった…。
『ぷっ…。』
………。
職員室中の視線が私に集まったのは言うまでもない。思わず吹き出してしまった。
この上級生の強者さに感動に近い感情さえ芽生えた。
もちろんその教員は気に入らないといった表情をし、再びその男子上級生に当たろうとしていた。あまりにも見てられなかった。というか、悪くなさそうなその男子上級生が当たられることに私は無性に腹が立ったのだ。
『だいたいお前はなぁ…』
ーグイッー
『うぉっ』
男子上級生が変な声を出した。私が急に彼の腕を引っ張ったから。そしてすぐに私の腕についていた茶色のゴムで彼の前髪を結んでやった。教員の言葉を遮るような行為。………。完成。
『これなら文句ないですよね?』
驚く男子上級生を無視して、私はその教員を制した。
『…くっ』
悔しそうに私を睨む教員。
『確かここの校則では髪の毛の襟足が肩につかなければ良かったはずです。この先輩の襟足は全然ついてないし、もしそれでもだらしないと感じるなら恐らくこの長い前髪のせいですよ。だったらこうしちゃえば問題は無いですよね?』
ケチのつけようがない私の言葉にその教員は余計悔しそうな顔をした。
…まぁ、このくらいでいいか。
『じゃぁ、失礼します。』
ニッコリと微笑んで、私は職員室を後にした。
すると…。
『ちょっ、待った待った。』
背中の方から呼び止められた。声の主はさっきの上級生。
小走りで私のそばまでやってきたその男子上級生はなぜかものすごく良い顔をしていた。
『あっ、さっきは急に引っ張ってすいません。あと、その髪も。勝手なことばっかりしちゃって。』
とりあえず、初対面だったしその時思い返せば結構すごいことをしたと反省した私は、頭を深く下げて謝った。すると…
『いやいやいや。むしろ、こっちがお礼言わなきゃだろ。』
『…え?』
予想外の言葉に思わず顔を上げてしまった。
『俺さ、あの先生になぜか嫌われてんだよね。俺は結構好きなんだけどさ。いつもあんな感じだから、最近どうしようかなって思ってたんだけど…。』
やっぱり絡まれてたんだ…。
『お前、最高だな。』
『……はぁ。』
良い顔で笑う人だ…。と思ったら…。
『ありがとな。』
そういって、私の頭に手がおかれた。ポンポンと二回…。
驚いてその上級生を見つめると、ニコッと笑って手をどけた。
『久々にここまで大雑把な女子見たわ。しかも、年下な。』
これは…バカにされてるのだろうか…。とも思ったが、とりあえず褒め言葉として受け取っておいた。
『つか、名前は?教えてよ。同じ学校だし、またどっかで関わるかもだろ?』
『七瀬です。七瀬千咲。』
なんで、自己紹介してんだろ…。
心の中でいろんなことを呟く私に気づくはずもない上級生。
『七瀬な。わかった。もう覚えた。じゃぁ、俺の名前も…』
あっ、それならもうわかる。
『佐々…。佐々でしょ?』
急に自分の名前を呼ばれたからか、上級生は驚いた様子を見せた。
『え、あ…。そっか…。さっき先生言ってたしな…。そう。佐々。佐々舞尋っていうから。よろしくな。』
自分の胸元につくネームプレートを指差しながらまた子供のように笑う佐々舞尋という男。
………
これが、佐々舞尋との出会いだった。
自己紹介はしたものの学年は違うしそうそう関わることはないと思っていたが、すぐに生徒会という形で関わることになった。
そこからミサキ先輩とも話すようになって…。沢山話した。沢山知った。
今まで知らなかった気持ちも…知りたくなかった気持ちも…。
「あんたのせいで…知っちゃったじゃん…。」
何かがきゅうに込み上げてきた。けど、すぐに飲み込んだ。
これは、もう忘れなきゃ。
私はもう、関係ない。もう、二度とあんな思いはしたくない…。