恋愛歳時記
私は泣いた。

征司さんに頭をナデナデされて、甘えたくなった。

そして、とりあえず、心に溜まった思いを吐き出してしまいたくなった。

「私ね、昨日、仕事でミスしちゃったのね。レモン果汁の発注数、本数の単位消されてケースって直されてるのに気付かなくて、1本で発注処理しちゃって」

私たちの会社は商社なんだけど、食品卸会社のようなこともやっている。私の部署はメーカーと小売り業者相手の卸会社との仲介や、小さなメーカーへの納品処理などがメインだ。

「納品先が小川産業さんって納品日の設定がタイトなところで。メーカーに問い合わせたら、クリスマス商戦で在庫が1ケースもないって言われて。製造日は今日だから出荷もそれ以降になりますって言われたの。焦って、困ったんだけど、みんな締め処理に追われてるし、自分のミスだし。どうにかしなきゃって発注書全部見直したりしたの。そうしたら、同じ商品をトーマルさんの松山支社が頼んでたの思い出して。あそこは納品に一日余分にかかるから、発注は前もって送ってくれてるし、結構ムリを聞いて貸があったりしたから、担当者に聞いたら『12本なら翌日発送でもいいですよ』って言ってくれて、何とかなったのね」

ミスの発覚時を思い出すと、今も心臓がキューッと硬くなる気がする。

「何とかなって、課長に報告したら『市川さんは、シッカリしているのが取り柄なんだから。12月入って、クリスマス前で気が緩んでるんじゃないの。困るんだよね、ちゃんとやってくれないと』ってイヤミを散々言われて。佐藤さんにも『カレもいないしクリスマスで浮かれる必要もないだろ。ちゃんと仕事やれよ』って言われて。佐藤さんなんて、5年も営業やってるのに未だにお客さんの発注依頼忘れてたりするんだよ。そのたびに私がフォローして事なきを得てるのに。でも、昨日は私のミスだから。我慢したの」

いつの間にか、征司さんのハンカチを握らされていた。

「そうしたら、今日、木下さんもミスしたのね。納品日間違えて。北海道に納品だから一昨日発注されてるのに、後日納品分に回されてて。たまたまデータチェックの段階で、私が気付いたの」

木下さんは私より1年後輩。
小柄で華奢でかわいらしい。
でも、仕事の覚えはイマイチで、時々大きなポカミスをやらかす。
営業2課には女性が3人で、もう一人の渡辺さんと二人、フォローをして何とかしてるんだけど、そのせいか危機感があまりない。
だけど、男性陣には人気で、そんな彼女に課長ですら甘い。
ミスしても許されてしまう雰囲気。

「でも、私も締め処理に追われて、5時過ぎだし、前にもやったミスだし。『前と同じように対応してみて』って自分の業務に専念したの。そのうち課長や佐藤さんまで巻き込んで、連絡してたけど。金曜日の5時過ぎだから、出荷対応なんてできませんって言われたらしくて。困った課長が『市川さん、そっちは残業していいからヘルプ入って』って私に言うの。残業してもいいって、私に予定があったらどうすんだよってカンジ。まあ、予定もなかったんだけどさ」

拗ねた口調で訴えたら、征司さんにクスッと笑われた。

「それで、運送会社に確認して、北海道だと飛行便使えば翌日には営業所に着くって言われて。メーカーの担当者も知ってる人だったから、時間外だけど携帯に電話して。『クリスマスまでは毎週休日出勤してるから、自分が出荷してやるよ』って言ってくれたの。だからさ、出荷手配の依頼書を急いで作って、注意事項もちゃんと記入して、何とかしたの」

それで、私は昨日のミスはちょっとチャラになったんじゃないかと思ってしまったのだ。

「定時過ぎて、自分の業務も残業して終わらせて。さあ、帰るぞって席を立ったら、課長が手招きするの。私もさあ、結構頑張ってフォローしたし、木下さんは『次は気を付けてね』って言われたくらいで帰ったし、褒められるのかなって期待しちゃったわけですよ。なのにさ、『市川さんがちゃんと確認しないとダメじゃないか』って言われた」

私はハンカチに顔を埋めた。

「私、木下さんの先輩ですよ。でも、今回の件、全然絡んでないんですよ。チェックも渡辺さんだったし、私はたまたま発見してやったくらいなんですよ。なのになんで私が怒られるの? 私、いつまで木下さんに仕事教えて、代わりに怒られないといけないの?」

悔しい。
悔しくて、哀しい。

「おまけに、喫煙ルームで佐藤のバカが、『木下さんてホントかわいいよなあ。ミスしても大きな瞳でウルウルされると許しちゃうよなあ。巻き髪もキレイだし、ホント和むわ』なんてデカい声で話してるし」

私は木下さんより10センチは背が高いし、体重だって当然多い。
そもそも骨格が違う。
美人でもないし、かわいらしいタイプでもない。

「私だってさ、少しでも女らしく、かわいらしくしようと髪の毛伸ばして。キツイ性格隠して、笑顔で仕事してるの。でも、かわいいタイプじゃないし、そんなことはわかってるんですよ。だけど、会社って仕事するところでしょ? 見た目で『えこひいき』されるところじゃないでしょ?」

私の顔はひどいことになっている。
それはわかってる。
でも、どうにも耐えられなくて、嗚咽がもれた。

「ねえ、征司さん」
「うん?」
「川端さんっているじゃない?」
「主任の川端か?」

川端さんは入社6年目。ウチの課のエースで、征司さんとはまた違ったイケメンで、穏やかな好青年といった雰囲気の人。
実際、人柄もやさしくて、私も新人のころから色々とフォローしてもらっていた。

「私ね、川端さんのこと、ちょっといいなあと思ってたの。やさしくて、佐藤さんとかと違って誰に対しても平等だし。でも、木下さんから『先週告白されて、付き合うことになりました』って言われて」

クリスマス前で浮かれてるのは木下さん。私じゃないよ。

「男の人ってなんで、かわいいタイプに弱いかなあ。もうさあ、木下さん相手じゃ対抗する気にもならないけどさあ」

私のため息が白く、夜空に浮かぶ。
何だか色々と切なくなった。

征司さんの腕に頭を抱えられて、私はそっと目を閉じた。
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