私のちいさな戦争
☆  ★  ☆
雑多な音が辺りに響く。
今までにない程にプラットホームは人で溢れ混み合っていた。
 ショルダーバックを肩にかけ直して、ベルタは搭乗口から周りを伺う。皆の顔には一様に不安の色が濃く、誰しもが神経質になり其処此処で揉め事が起きているようだ。
 そんな人混みの間を縫ってアルマが搭乗口へと進んでくるのが目に映った。彼女はベルタの元まで足早にくると呼吸を整えるために大きく息を吐く。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
 もう少しで出発よ、と声をかけながら、ベルタは彼女の恰好に目を向ける。露出が多い服装に変わりないのだが、その手には荷物らしいものが握られていない。
「アルマは戻らないの?」
「私はまだ人探しの途中だからね。会えるまであそこでもう少しだけ粘ってみるよ」
 消え入るようなベルタの声にアルマは何時もの笑顔で答えた。それでも不安そうに顔を歪めるベルタに、彼女はしょうがないな、と少し強めにその頭を撫でまわす。
「そんな心配そうな顔しないの。それよりも帰ったらちゃんと家族に会ってくるんだよ?」
 背中を軽く押して機内へと一歩踏み出させた。
 名残惜しそうに振り返るベルタに彼女は大きく手を振る。習う様にベルタも手を振って、その様子にアルマは満足そうに頷く。
 何度も立ち止まりながらゆっくりと自分の席に腰を落ち着ける。席から見える窓の外では、彼女が変わらず笑顔でベルタの方を見つめていた。
 機内にアナウンスが流れる。
 プラットホームもそれに合わせてシェルターで囲われ、機体の発射に備え始めた。機体は唸るような大きい音を立て始め、機内は静かになっていく。
 そんな中、彼女は二通のメールをしたためる。
 轟音と共に機体が動き出す。
 重力を感じたのは一瞬。
 あっと言う間に月の重力圏を脱した機体は、ゆったりと海に漕ぎ出した。
煌く海を目の前にして、ふっと息を漏らす。肩から力が抜けていくのを感じながら、出立前に書いていた二通のメールにもう一度目を通して、間違いがないか確認をする。
一人頷いて送信ボタンを押す。
一通は地球の彼に。もう一通は月の彼女に。
 一つは謝罪を。もう一つは感謝を。
 送信されたのを確認してから彼女は静かに目を閉じた。脳裏には背中を押してくれた彼女の姿、そして何も言わずに送り出してくれた彼の姿が浮かぶ。
 ゆっくりと目を開けて、宇宙(そら)を眺める。まあるく光を反射する月を見つめながら彼女のことを思う。そこで――
 ――ふと違和感を覚えた。
 月の中心が大きく膨れ上がっている。それは形を変えながら広がり、瞬きと共に何事もなかったように消えてしまった。
 ベルタが外の様子に見入っていたところ、乗務員が狭い通路を操縦室の方へ走っていく。他にも何人かが今の出来事を目撃したようで、機内のあちらこちらで声が上がる。
「お客様、これより機体が少々揺れる危険が御座います。シートベルトの着用をお願い致します」
 突然流れた放送に乗客はお互いの顔を見合わせ、急いで身体を固定すると身を低く屈めた。ベルタも素早く指示に従って、身体を衝撃に備えさせる。
 拳を力一杯握り締め、目を閉じてその瞬間を待つ。
――衝撃。                    ――爆音。
 衝撃はベルタを前方へと弾き飛ばそうとする。
身体に食い込むシートベルトの痛み。
 呼吸が止まり、頭内が白く染まる。
 一瞬で力は機体を駆け抜け、機内は静まり返った。一呼吸遅れて叫び声、泣き声が上がり乗客は、太陽フレアだ、宇宙塵(デブリ)だ、等と自身の身に起きたことに対して大声で口々に話し始める。乗務員の声も届かず、機内は騒然としていた。そんな中ぼんやりとした頭でベルタは異変のあった月に視線を動かす。
 変わらず静かな月。
 しかし、その地表は大きく抉れていた。
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