私のちいさな戦争
☆  ★  ☆  ★
帰国を出迎えたのはフラッシュの嵐だった。
 入国ゲートには既に多くの報道陣が殺到しており、雪崩のように入国陣を襲ってきた。しかし、それを警備員達が食い止め、ベルタが乗っていた機体の乗客、常務員はそのまま警備員に周りを囲まれながら、空港を移動する。
「今の心境を」「事故が起きた時の様子を詳しく教えて頂けませんか」「アルマ=イリイチ容疑者をどう思いますか」「何か一言」
 質問に攻め立てられるように彼女達は足早に一室へ案内された。
 室内はいくつかのスペースに区切られており、何人もの軍人がその間を忙しなく動き回っている。そのうちの一人がベルタ達に歩み寄ってくると、一同を見渡してから野太い声を響かせた。
「第二十空軍指揮官バーンズです。お手数ですが皆さんには何点か話を聞かせて頂きたい」
 近くにいた部下に指示を出すと彼は奥の仕切られたスペースへと進んでいく。その背中を塞ぐように部下がアルマ達の前に立ち、手元の資料に目を通しながら名前を呼び上げる。
「ベルタ=リードさん、いらっしゃいますか」
 兵士の呼びかけに顔を上げる。
 彼は書類にもう一度目を落とすと、あちらへ、とバーンズが消えていった奥を指さした。彼の指示に従って、ベルタは一番奥の囲われたスペースを恐る恐る覗き込む。中ではバーンズが電話の応対をしており、彼はベルタの姿に気がつくと椅子に座るように、と電話口を押さえながら囁く。
 机の上は何やら資料で溢れ、その中にはアルマの写真。そして、ベルタの写真もあった。
「失礼しました。貴女がリードさんですか」
 電話を切ったバーンズはベルタに笑顔を向ける。
「大丈夫ですか? 資料によると対人恐怖症だとか。女性隊員を呼びましょうか。私と二人よりもその方が幾分かよろしいかと」
「いえ、大丈夫ですから」
 そうですか、と言葉を切ると手にしていた電話を置き、椅子に深く腰を掛けた。
「大変でしたね。いや、しかし貴方たちは運が良かった」
 彼はそう言うと一枚の写真をベルタの前に差し出す。それは月面基地を中心に大地が隆起し、弾け飛ぶ瞬間を映したものだった。彼はその写真をまじまじと見つめながら髭に手をやる。
「もう少しで巻き込まれるところでしたね。皆さんにはこの事件についてお話を聞きたいのです」
 月面写真の上へ彼はもう一枚新しい写真を重ねる。
 そこには映っているのはアルマだった。
 写真の彼女にはベルタの知る明るい表情はなく、眉間に皺を寄せた厳しい表情のものだった。バーンズは写真を見つめるベルタをただただ見ているだけで一言も口を開かない。
「彼女がこれをやったんですか」
 彼女の知らない一面を前にベルタはゆっくりと言葉を吐き出す。その言葉にバーンズは唸りながら首を横に振る。
「それは現在調査中です。ただ、彼女が犯行声明のあった人類防衛戦線の一員であったのは確かです。今分かっているのはそれだけ。彼女は貴女に何か言っていませんでしたか」
 いえ、と首を振ると彼は、それは残念です、と顎をしゃくって写真に目を移す。
「彼女がその人類防衛戦線にいたというのは本当なんですか」
 耐え切れずベルタは詰め寄る様にバーンズを正面から見つめる。一瞬、彼は目を丸くしたが直ぐにきっぱりとした声で答えた。
「それに関しては疑う余地はありません。彼女が組織の者と連絡を取っていた確証もありますし、何より彼女は宇宙開発競争によって国を失った難民の一人。目的としても十分でしょう」
 そうですか、とベルタは崩れる様に椅子へもたれ掛る。
「大丈夫ですか? お疲れのところ申し訳ありませんでした。また後日こちらからご連絡を差し上げるのでご協力お願いします」
 入口付近を通りかかった兵士に彼は、ベルタを案内するように言うとベルタには目も向けずに受話器を手にした。ゆっくりと立ち上がり、ベルタは兵士に付き添われて連れてこられた部屋を後にする。
「こちらに迎えの方が見えています」
 案内されたのは空港の裏口に当たる部分。辺りには先に案内されたであろう人々が家族と無事を喜び合っている姿があった。
 そんな中でベルタの目を惹いたのは壁にかけられたテレビ番組。
「――政府はテロには屈しないとの姿勢を見せ、宇宙開発に関して今後も継続していく方針のようです」
 遠くの場所で起きている身近なニュース。
 しかし、何があろうとも変わることのない世界。彼女の命をかけた行為でも変革を起こせなかったのだと、身体から力が抜けていく。
 ――特別なことなんて何も起きない。
「ベルタかい?」
ぼんやりとする頭でそのニュースを眺めていると後ろから声をかけられる。聞きなれた優しい低い声に振り向くと、そこには地球に残してきた彼の姿があった。
 あぁ、無事で良かったと彼は力一杯彼女を抱きしめる。その背中を戸惑いながらもぎこちなく抱き返すと、堰を切ったように彼は涙を流した。
「アランは大袈裟ね」
「良かった……良かった……」
 何度も確かめるように彼は言葉を繰り返す。そんな彼につられるようにべルタの頬にも一筋。何時か誰かにしてもらったように彼の頭に手を置きその髪を撫でる。
「お母さん……?」
 彼の後ろにいた人影にベルタの肩が跳ねる。
 淡く薄い唇。色素の薄い金色の髪。おどおどと自信のない瞳。
 そこには幼い頃の自分が居た。
「さぁ、こっちにおいで」
 彼はそう言って、その小さな手を引いてベルタの前へ彼女を進ませる。上目使いで見つめてくるその瞳から目を逸らす。
ひどく喉が渇いてしょうがない。
乱れる呼吸を整えようとして、更に息の仕方を忘れる。
「大丈夫かい?」
 心配そうに顔を覗き込んでくる彼に、ええ、と頷いて見せると大きく息を吸って気分を落ち着かせる。そして、その場にゆっくりとしゃがみ込むともう一人の小さな自分と向き合う。
「久しぶりね、モニカ」
 モニカは小さく頷くだけで、口を開こうとしない。そんな彼女に一歩ゆっくり近づいて、手を差し伸べる。その手を避けるようにモニカは慌てて後ずさっていく。
「小さな私(モニカ)、大丈夫。怖くないわ」
 少しずつ彼女に手を伸ばす。
 彼女はアランとベルタを交互に見つめながら、その小さな手を差し出すかどうか悩んでいるようだった。その場でおろおろとする彼女を前にベルタは一歩大きく踏み込んで、その手を握り締める。
 温かく華奢な手。
 そのままその身体を抱き抱える。
 はじめは震えていたが少しずつ彼女の身体から力が抜けていく。
「淋しい思いをさせてごめんなさい」
 彼女の耳元でなるべく優しく囁く。モニカは首を横に振って、力強くしゃがみ付いてきた。
「お母さんは、何で遠くに行ってたの?」
「可能性(かみさま)を探しに遠くに行っていたの。宇宙(そら)では結局神様に会えなかったけど、此処には天使(モニカ)がいるから帰ってきたの」
 抱き抱えた彼女をアランに渡すと通信機を取り出して、文書を打ち込んでいく。最後までお世話になった彼女に向かって伝わるように手を高く掲げる。
 ――感謝と、小さな変化を彼女へ。
 ――送信。
「ハロー
 ハロー
 聞こえますか?
 私は此処にいます           」
                           ―― Over to you
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