ダイヤの影
不安
10月の終わりにしては肌寒い夜になった。樹里はもう2時間もJAZZ BAR 「WES」のカウンターに座っている。
お気に入りのジンバック5杯目を注文した。
モヒカン刈りのマスターが「今日は良く飲むなあ、大丈夫か?」と言いながらジンバックを置いた。
樹里は会話を阻むように軽く頷きながら煙草に火をつけた。
この店は学生時代から通っている店で樹里にとっては唯一フラリと来れて寛げる場所なのだ。
WESは木屋町の外れにあってジャズバーとしては京都で2番目に古い店で、煉瓦造りの壁にはミュージシャンのサインが処狭しとひしめき合ってその歴史を物語っている。
マスターは2代目で、いかにも人の良さそうな笑顔が親しみを感じさせてくれて樹里の良き相談相手でもある。
コルトレーンの名盤「至上の愛」がちょっぴり寂れた雰囲気のウエスの空間を塗りつぶすように響き渡っている…
抽象的で哲学的なフレーズはコルトレーファンなら心地よいのだがジャズに興味がない人にはものの5分も聴いていられそうもないだろう。
樹里は恋人の純と連絡が取れないことに少し苛立っていた。
夕方から何度もメールを送ったり電話をしたりしているのだが何の応答もない…
「どうしたんだろう…」
こんなことは付き合いだしてから5年もなるが初めてのことだ。
「何かあったのだろうか…」
昼頃に今夜仕事が終わったらウエスで待ってるとメールはしてある。
だが、未だに何の音沙汰もない…
だんだん心配と不安が渦巻いていく。
酔いのせいもあるのだろうか泣き出しそうな気持ちになっていた。
きっと残業でもしているのだろうと思うものの連絡がないのはやっぱりおかしい… 樹里の頭の中そのことだけでいっぱいになった。コルトレーンのサックスは樹里の切ない気持ちを察するように一転して静かなフレーズに変わっていた。









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