私は彼に愛されているらしい2

2.向き合えない心

人が多いはずの設計室には業務時間内にも関わらず会議や打ち合わせが設定されやすい時間帯だと人がまばらになることがあった。

それぞれ席を外す理由は様々だが、残された者は電話対応に追われる困った時間でもある。

今はちょうどその時間で、設計室の大部屋だというのに端末に座る人も点々としていた。

有紗は工場にボルトを取りに行っていたので、席を外す大多数の1人に入っているようだ。

行き先を書き記したホワイトボードを眺めながら沢渡は頬杖をついた。

人がいないと活気がない、昼過ぎでいい感じに睡魔が襲ってきている。

すっかり集中を切らした沢渡は気怠そうに椅子の背もたれに体を預けると軋む音と共に長く息を吐いた。

傍から見れば完全にやる気を失っている態度は仕事中の物としては相応しくない。

誰かが近くの端末に座ったのが視界に入ってきたが、沢渡は態度をそのままに机の上にあった設計図を手にして眺めるフリをした。

正直に言えばこのままここで寝てしまえるくらいの気持ちなのだ。

しかし残念ながらここは職場で設計をする端末の前に座っている、沢渡は面倒くささをほんの少し押しやってマウスを手にして画面の中の部品を動かし始めた。

「狙ってる獲物がいるっていうのもいいんだけどさ。いつでも自分のものに出来るからとか高を括らない方がいいんじゃないの?」

ふと聞こえてきた言葉に手を止めて沢渡は瞬きを重ねる。

聞き覚えのある声に反応すれば沢渡の1つ離れた席に腰を下ろして手帳を開いている人物を見付けて疑問符を浮かべた。

今の声は明らかに彼のものだ。しかし周りに会話相手が居ないことから会話ではなく独り言か自分に話しかけているのだと沢渡は気付いて声をかける。

「東芝さん?」

自分に話しかけているのか、念の為に名前を呼んで確認すると東芝は口の端を持ち上げてまた言葉を発した。

「獲物ってのは誰でも狙える。自分のものだと思ってるんだったらそれは獲物じゃなくて餌だ、餌。」

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