私は彼に愛されているらしい2
東芝の言葉が暗に有紗と交わした先日の会話を指していることは分かる、話の運び方に失敗したと自分でも悔やんでいただけに苛立ちは強く出てしまうのだ。

いつしか手はマウスから離れて拳を作り握りしめる。

禍々しい空気をまとう沢渡とは反対にどこまでも涼しい顔で自席のパソコンに向かう東芝は既に気持ちを切り替えていた。

そんな彼の横へ舞が当たり前のように座ると机の上にあったタンブラーのコーヒーに口を付ける。

実は自席が隣り合う2人、しかしこうして揃うのは昼休憩やミーティング以外ではあまりない。それは舞がほとんど端末で作業していることもあった。

「キツイこと言ってたね。」

東芝の方も見ずに彼女もまた自分のパソコンを触りながら声をかける。

「あのレベルにはあれくらい普通ですよ。」

ちらりと舞の方を見た東芝は大したことではないとまた目の前の画面に視線を戻した。

当然のように沢渡の程度を位置付ける言葉は本人が思うよりも周りに与える衝撃は強い。

「…辛辣。」

思わず苦い顔をしてしまった舞はそう呟いて東芝を見た。

少しも表情を変えない様子は冷たい以上に恐ろしいのだ。

「ろくに仕事も出来ない奴が浮ついてると苛々する。女に話しかける暇あったら仕事しろって口にするのは厳しいこととは思えませんけどね。」

「言い方次第でしょ?それで有紗が襲われたらどうすんの。」

「そんなの知ったこっちゃありません。」

間髪迷いもいれずに返ってきた言葉は舞から言葉を奪ってしまった。

何てことを言うのだ、師弟関係のように長い間共に仕事をしてきた相手を簡単に切り捨てるのか。

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