私は彼に愛されているらしい2
言い逃げするように大輔の横をすり抜けた有紗は呼び止められると肩を大きく揺らして立ち止まった。

「な、なに?」

まるで悪い行いが見つかった子供のように有紗の心臓は爆速で駆けていく。こんな居心地の悪い空間はさっさと立ち去りたいのに大輔はそうさせてはくれないようだ。

「送ってこうか?」

「い、いい。天気がいいし歩きたい気分だから。」

咄嗟とはいえここまで見事な言い訳を口に出来たことが自分でも信じられない。しかしそんな自分に称賛を与え勇気を貰った有紗はさらに続けた。

「わざわざ来てくれたのにごめん。じゃ、また。」

手を振って大輔の反応も待たずに有紗は歩き出す。本来の速度よりも少し上げて、段々と歩くよりも走る方に近付いたかと思えばアパートからの死角になった瞬間からは走り出していた。

急ぐ、というより逃げるという方が言葉としては正しいかもしれない。

速く走って、駅まで駆け抜けろ。

駅に辿り着いた時には息が上がりきっていたがちょうど電車が来たことによりさらに駆け出す羽目になった。

おかげで駅で時間を持て余すことはなくなったが、街中を歩き回る前に既に体力をかなり消耗してしまったようだ。

空いている場所に座って呼吸を整えながら改めて考えてみた。

大輔を怖いと思ったのは初めてだ。

怒られてもいないのに怖いと思った経験なんてそうそうあるものではない、ましてや恋人である大輔になんて感じる訳がない筈なのに。

「…駄目だ。」

頭を抱えてそう呟いた。

「…駄目だ。」

またもう一度、深みを持った声で呟く。

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