私は彼に愛されているらしい2
どうしていいのか分からない。

やがて抵抗を諦めたのか次第に有紗の腕の力が弱まりついにはその手を自分の顔へと動かした。

「…有紗。」

なおも泣き叫び続ける有紗の声は止もうとはしない。

口元に力を入れながらこれだけの気持ちを大輔は有紗が泣き止むまで受けとめ続けた。

「…ひっく。…ひっく。」

どれだけの時間を費やしたのだろう、涙がほとんど止まりあとは呼吸の乱れが落ち着くのを待つだけになった。

これだけ近くにいて抱きしめていても有紗が大輔に体を預けることはしない。しかしもう大輔の体を押そうとはしなかった。

時計の針が動く音に有紗の震える呼吸音が重なる。

静かだ。

「有紗。」

少し掠れた大輔の声が有紗の耳に入ってきた。

もう何の抵抗もする力のない有紗は泣き続けた疲労感に包まれて動けない。

「俺は別れないから。…俺からは別れたいなんて言わない。でも。」

まるで躊躇うかのように一度言葉を区切ると、震える深呼吸をして大輔は続けた。

「結婚は白紙に戻そう。」

虚ろな有紗の目が微かに大きく開く。

大輔は有紗から離れると立ち上がり、タオルを持ってきて投げ出されたままの有紗の手元にそれを置いた。

「…また連絡する。」

最後に優しく有紗の頭に触れると大輔はそのまま部屋から出ていく。

少しして車のエンジン音が有紗の耳に届き次第にそれは小さくなっていった。

そしてまた時計の針の音だけが部屋の中に響いていく。

暫く有紗はそこから動けなかった。
< 223 / 304 >

この作品をシェア

pagetop