私は彼に愛されているらしい2
「君塚さんも飴どうですか?」

「おっ!いいねー、いただきまーす。」

「もっちー、俺にもちょうだい。」

「あ、はい。どうぞ。」

沢渡も加わって有紗の周りは賑やかになった。その傍をすり抜ける舞から含み笑いの声が聞こえる。

「設計士が商売やってる。」

「飴屋に転職だそうですよ。」

「東芝さん!しませんから!!」

提出が終わった設計室では小さな打ち上げのような盛り上がりをみせていた。しかしどれだけ気楽な会話をしていてもポケットの中で重みを感じさせる携帯が有紗の心の碇のようだ。

逃げずに返信しないと。

帰りの電車を待つ駅のホームで大輔に誘いを受けるメールを返した。

まだ向こうも仕事なのだろう、すぐに返信は来ない。頼むからこのまま来ないで欲しいという願いを唱えつつ、まるで現実から逃げるように家に帰って早々ベッドに飛び込んだ。

もう疲れすぎて化粧も服もどうでもいい。

いつ目を閉じたかも覚えていないくらいベッドに飛び込んだそのままの体制で有紗は目を開けた。まるでゆっくりと瞬きをしたかのような感覚だったがカーテンの向こう側がそうじゃないことを教えてくれる。

「…朝?」

夢の中でも何かに追われていたようでとても寝た気がしない。

時計を見れば朝よりも昼に近い時間だということに気付いてゆっくりとベッドから起き上がった。どれだけの時間を寝ていたんだと思うわりには疲れはとれていない、むしろ疲労感は増した気がする。

「寝過ぎで頭痛い。」

頭を抱えてくぐもった声を漏らした。体だけは一丁前に寝過ぎ感を表しているのが気に入らない。

放りっぱなしだった携帯を手にすると昨日の夜の内に大輔から返信が来ていたようだ、文章を読む限りそろそろ準備を始めないと大輔が指定した時間に間に合わなくなる。

時計はなかなか動こうとしない有紗に蹴りを入れるような時間を指していた。

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