ノスタルジア~喫茶店を訪ねて~
手紙の声

①始まりの挨拶

 公開先に立たずと言うにもかかわらず、人間は何度も後悔をする生き物だ。
次は後悔しないようにと思うにもかかわらず。
 何度も後悔すると、今度は諦めてしまう人間がほとんどだ。
 もう無理だ。
 いまさら言ったところで状況は変わらない。
 諦めよう。忘れよう。
しかし中には、後悔をずっと心の奥に忘れないように刻みつけ、生きていく人間もいる。罪悪感、悲愴感、悲哀。
複雑な気持ちをこめた後悔を、私たちは依頼主の意向にそって実現する。
 実現すると言っても誤解があるが、もしもあの時この選択をしていたら、結果こうはならなかった。あるいは、この気持ちを相手に伝えたかったと言った願いを実現するのだ。
 街角の静かな通り、砂漠の誰もいないオアシス、自然豊かな山の洞穴、雪に覆われた寂れた村、海辺の静かな砂浜、等に私たちはいる。
 NOSTALGIAと英語で書かれた色あせた看板を目印に、その店の前に行くと、木製の温かい黒いドアがある。いまどきのおしゃれなカフェとは異なり、何十年とそこにあったように思わせる古い喫茶店だ。ドアを開け、ドアベルが店内に鳴り響く。誰一人いない、森閑とした小さな店内には、カウンターの席しかない。
 黒いカウンターに店主はいない。席に座ると、黄ばんで古く醸成された壁の色、色あせた椅子の色、コーヒー豆がすらりと並んだ棚、道具、薄くて読めないポスターが見える。
初めて来る場所なのに、どこか懐かしいさを感じさせるとの同時に違和感も覚える。喫茶店であるのに、コーヒーの香りがしない。そして気づくのだ。
 手元近くにある黄ばんだメニュー表をみると、『あなたの願いをお書きください。』と書いてある。
メニュー表に書き込むと、急にコーヒーの香ばしい匂いがふわりと漂い、ドアが開け放たれ、ドアベルがカランと鳴る。
 気づいた時には、別の場所に移動して、喫茶店はなくなり、どうやっていったのか、忘れているのだ。
 人間は私たちを『ノスタルジア』と呼ぶ。
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