ノスタルジア~喫茶店を訪ねて~
 引越し業者に指示を出している母と、目が合ってしまった。母は、何も見ていないかのように俺を無視し、自分の作業に戻っていく。
 『直也も、私と一緒に行くわよね』4月で、俺が大学に行き始めていた頃だった。家族と言う張り詰めた糸が、ぷつんと切れて、しばらくの出来事だった。母は、父の留守中に俺と妹に話を持ちかけたのだ。父と母が離婚し、母が家を出て行くことが決まったのだ。妹は事前に知っていたらしく、母親についていくと言い出した。
 冗談じゃない。勝手に離婚し、勝手にいなくなる。自分勝手もいいところだ。自分の味方だと思っている母親に呆れ、憎たらしかった。
 俺は行かないと決めた。俺の決定に母は失望し、妹は泣きそうな目で沈黙していた。
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