エリートなあなたとの密約


修平のようにサラッと返すか、絵美さんのように辛辣な言葉を浴びせるか、とこんな場面ではそんな考えもつい脳裏を過ぎるけれど。


「淹れるまで離れない」

「ぬりかべですかっ!」

「ぬりかべぇえ」と、結局はぬりかべの声を真似する呑気な松岡さんに溜め息をつくのがやっとの私。


「全く似てません!」

「ひどーい」

そもそも160センチ未満の私に対し、もちろん加減しているものの圧し掛かっている彼が思考を絶つ原因だと思う。


「真帆ちゃーん」と、さらに喉をごろごろ鳴らしたような猫なで声を出す30代をどうにかして欲しい。

「あー、もうっ!」

そうこうしている間にポンと軽い到着音が鳴り、目的の階で停止したエレベーター。


「まほちゃーん」

「重いっ!」と、慌てるあまり私の口調はどんどんラフになっていく。


「じゃあねぇ、明日のランチおごるよん?」

食いしん坊には魅惑的なフレーズに口元が緩みかけたものの、すぐにハッと我に返った。


「何で今日じゃないんですか!?」

「え?そんなに兄がいないと寂しい?」

「いいえ!全く!」

「うわー、ひどーい」

先の見えない言い合いをする中、背中に背後霊を抱えたままの状態で目の前の扉が両側に開く。


「……あ、」

その刹那、困惑の瞳と目が合う。小さく溶けるような声を上げたのは、扉の向こうに立つ人物であった。


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