ロング・ディスタンス
「先生！　こんな所で話し掛けないでください！」
　彼女は声をひそめて言う。神坂には大胆なところがあり、時折その行為に驚かされてきた。
「なーに、俺たちのことなんて誰も気にしちゃいないさ」
「何かご用でしょうか」
　栞は淡々とした口調で言う。
「長濱氏とはどうだ？」
　神坂がたずねる。
「どうって……普通に続いてますけど」
　栞はきまりが悪くて、すぐにその場を離れたい気持ちになった。
「そうか」

　彼が再びたずねる。
「俺とはもうやり直せないのか」
「先生。私の気持ちはこの前をお伝えしたとおりです。わかってください」
「そうか。そんなにあいつの方がいいのか」
　その言葉の裏には、駆け出しの研修医に対して彼が抱いている優越感がにじみ出ていた。
「先生」
　栞はあの晩のように強い口調で言う。
「あなたと私の関係をご覧ください。私の置かれていた立場がおわかりでしたら、あなたに私を束縛する権利はないと思います」
「そうか。独り身のお前が所帯持ちの俺に縛られる義理はないということだな」
「そう受け止めてもらって結構です。それ以上何も言うことはありませんから、私はこれで失礼します」
　栞は軽く頭を下げ、足早にその場を去った。
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