ロング・ディスタンス
 断る理由はない。
 けれど栞に対しては少々複雑な感情を抱いている。
 彼女が自分に会いにきたいと言ってくれるのはうれしい。前の職場で、ずっと密かに憧れていた若い女性だ。
 だが、彼女は短い交際の後、一度太一をふっている。しかも、ベテラン内科医の神坂とずっと不倫の関係にあったというではないか。
 客観的な事実を鑑みると、太一が最も敬遠するタイプの女、というのが彼女の実態ということになる。年上の地位のある男を好み、まだ何者でもない若造なんか相手にしない高飛車な女。彼が関わりたくなかった「物差しを隠し持つ女」なのではないだろうか。

 その彼女が太一の所へやってきて、また会いたいと言ってきた。彼女の気持ちがうれしいことはうれしいが、やはり心の底から彼女を受け止めようという気持ちにはなれない。幾分わだかまりを感じる。
 過去の失恋の痛手が、彼を女性に対して臆病にさせている。
 彼女の過去にこだわるべきではないけれど、彼女をどこまで信じていいのかわからない。彼女が本当の彼自身を好きなのかどうかもわからない。

 けれども太一は栞を突き放すことはできなかった。
 袖にするにはあまりにも可憐な女性だ。
 だからこそ、彼女が病気になったと聞いた時、ふられたのにもかかわらず花を贈りたくなったのだ。自分でもバカだよなと思いながら。
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