ロング・ディスタンス
 栞はたずねてみたくなった。
「先生。その元彼女のことが好きだったんですね」
「うん」
 長濱は素直にうなずいた。彼は海の方を眺めている。
「彼女は顔は可愛くないって言われてた子だけどね、俺にとっては天使みたいな子だった。いつもそばにいて俺を励ましてくれてた。『太一君だったらいつか絶対チャンプになれるからね。私、信じてる』って言ってくれたから、俺は彼女のために一生懸命トレーニングしたよ。プロになって金をいっぱい稼げるようになって、彼女を幸せにしてやりたいって思ってたんだ。ビッグになって、彼女に美味いもんを食わせて、きれいなもんを着せてやりたいって思ってた」
「そうだったんですか」
 栞の胸がチクリと痛んだ。
 太一にそんなふうに大切にしてもらえた元彼女がうらやましかった。神坂にとっての栞はただの愛人で、将来を共にしたいというような相手ではなかった。太一は、互いの過去について「おあいこ」だと言ってくれたけれど、彼の純愛に比べたら、彼女の経験が惨めに思えてしまう。

「先生。今、私、とっても醜いことを考えてしまいました。先生がその彼女と別れて良かったって。先生のことだから、もしその人と続いていたら、私には目もくれなかったでしょう。今もずっと彼女と交際しているんじゃないかと思います」
「そうだね。まあ、正直、児島さんみたいな人が職場にいたら、視線ぐらいは送るだろうけど。俺だって男だし。でも、彼女が俺のそばにいてくれたら、ずっと彼女を大切にしていたと思うよ。今頃、結婚して子どもの一人くらいはいたかもなぁ。……って、あ、ごめん。俺、正直に話し過ぎた?」
 長濱が頭を掻く。
「いいんです。それって先生らしいと思います」
 ちょっぴり妬けるけど、でも浮気をしない人だからこそ彼はいいのだと栞は思う。
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