ロング・ディスタンス
 振り返れば、栞も高校時代から年上の男が好きだった。それを差し引いても、成美には理解不能な男の趣味だった。
 高校時代に栞が片思いをしていたのは、古文教師の韮沢だった。彼は31歳の独身で、眼鏡を掛けた華奢な男だった。授業中の立ち居振る舞いが鈍くさかったので、生徒たちからはなめられているタイプの教師だった。眼鏡がトレードマークだったので「のび太」というあだ名を付けられていた。
 栞は学年でも指折りの美少女だったので、男子生徒からもてた。バスケ部のスタープレーヤーの先輩も、生徒会のイケメン会長も、ワイルドな軽音部のバンドマンも彼女のことが気になっていたのに、彼女は何故かのび太のことが好きだった。これは成美でなくても謎に思うだろう。
 高校に入学して、国語の授業で彼に担当してもらって以来、三年間のび太一筋だった。
 初めて栞から彼への気持ちを伝えられた時、成美は驚きの声を上げた。「でも、あいつのび太じゃん」と言いそうになるのをこらえた。代わりに「でも、あの人三の線を踏んでるよね。黒板書く時によくチョークを落っことすし、教壇に上がる時につまずいてこけそうになるし」と言った。すると友人は「そういうところが可愛いんじゃん」と返した。愛とは広いものなのだとその時思った。

 栞は中学生の時に父親を亡くしているから、年上の男に憧れるのだろうなと感じていた。
< 22 / 283 >

この作品をシェア

pagetop