ロング・ディスタンス
 神坂とは栞が勤める国立大学の大学病院で出会った。事務部門で働く栞と彼の直接の接点はなかったが、内科部門のホープの彼のことは病院の誰もが知っていた。他の医療機関の医師と違い、大学病院の医師は臨床だけでなく研究や医学生の教育にも当たる。市井の開業医ほど高収入ではないが、臨床や研究の実績次第で医学者として名をはせることができる。野心家の神坂は現在内科部門の准教授で、次期教授候補と目されていた。
 神坂の高い評判は事務部門にいる栞の耳にもちょくちょく届いていた。時折、白衣に身を包んだ彼の姿を病棟で見掛けることがあった。いつも部下の医師や看護師を引き連れて、颯爽としている。

 彼と最初に接触したのは、栞が病院に就職して一年目のことで、当時彼女は受付カウンターにいた。中年の男性患者が病院の会計にクレームを付けてきて、まだ新人の彼女は対応に苦慮していた。そこへ偶然神坂が通りかかり、スマートにクレーマーに対応してくれたのだ。それ以来、密かに栞は彼に憧れていた。
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