鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。

サーキットと俺。

茨城県、筑波サーキット。短いストレートしか持たないこのサーキットは、かわりに大小さまざまなコーナーを持つ。直人の勝負はすでに始まっていた。予選を戦う直人は、リスキーなギャンブルに出ていた。トップでのスピードを少々犠牲にしてでも、コーナリングを重視して、コーナーの立ちあがりで勝負する。これがこの筑波でのセッティングの基本といえるが、直人はそれを限界とまで言えるほどに強くした。ヘタをすればこの筑波の短いストレートですら抜かれてしまうかもしれないが、逆に前を行くマシンのスリップ・ストリームにつければ、コーナーでの勝負はいいところまでいける。そう考えたのだった。その結果は吉と出た。直人は出場台数22台中、7番手で予選を終えたのだ。予選が終わった直人は、いつもは誰もいないピットのガレージに戻った。メカニック&ライダー、すべて自分の仕事なのだ。でも今日は違った。ピットに戻ると、みんなが来ていたのだ。
「やっほー、予選7位だって?いい線いってるじゃんか」
雅之がヘルメットをしていてもうるさく感じるほどの声で、直人に叫んだ。その後ろには真紀ちゃんと、玲美ちゃんの姿も見える。直人は自分のマシンをバイクスタンドに預けて、ヘルメットを脱いだ。汗がしたたり乾いた地面に落ち、その雫が一瞬にうちに蒸発する。夏も終わりだというのに暑い。路面の温度も相当高いようだ。走り終えた直人のマシンのタイヤはその暑さの中でさえ湯気を発している。
「はい、コーラ。ノド乾いたでしょ」
突然、玲美ちゃんがそう言って、直人に缶を差し出した。笑顔を添えて。直人は一瞬どきまきしながら、その缶を手に取った。
「うわーっ、つめてぇー」
直人は手に取った缶の冷たさを感じながら、その中身を体内へと運んだ。自分の身体が内側から急速に冷えていく。
「生き返る…ごっ、極楽じゃあ…」
そう言う直人を、みんなが笑った。
「まったくどんな神経をしてたら、このクソ暑い中、そんなツナギを着て、こんなアスファルトの上を走れるんだ?」
雅之が言う。
「武田くんは自分の夢のために頑張ってるんだもんね」
雅之への返事が玲美ちゃんから発せられた。その言葉だけで救われた気がする。
「あーそーですか、そーですか。どーせ俺はよー」
雅之が投げやりになるのを、真紀ちゃんがなだめている。うん、いいカップルだ。
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