鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
決勝レース、スターティング・グリッドについた直人は、一抹の不安を自分のもとに感じていた。そう、マシンにである。フリー走行の時に感じたエンジンの違和感。残されていたわずかな時間で行った最終チェックでは問題なかった。ただなぜか不安があった。もちろんそれが何かはわからなかった。もう今さら遅いのだ。直人はひたすら集中した。アクセルを握る手は、さっきと同じく強く握りしめられている。今日こそは…。
目の前のシグナルに赤が灯る。頭の中にアドレナリンが爆発的に放出されていく。まばたきをする間もなく、今度はグリーン・ランプが灯る。体中から汗が噴き出し、ただ異常なスローモーションの世界が目の前に在る。見つめていたただ1点、グリーンランプ。クラッチを離しアクセルを全開にする。
”クゥオン!”
一瞬の咆哮とともに、体が浮かび上がる感覚が直人を包んだ。
「いっけぇ!NSR!」
直人のスタートは完璧に決まっていた。不思議なぐらいだった。きっとスタートから第1コーナーまでのレースだったならば、間違いなく直人の優勝だった。しかしそれはあくまで第1コーナーまでだった。第1コーナーの立ち上がりの時には、直人のNSRは力を失って失速していた。
「なっ!何だ!」
後続が次々と直人の横を駆け抜けて行く。直人にできることといえば、自分とマシンをコースの外へと運ぶことだけだった。コースを離れた直人は自分のマシンを見た。マフラーから青白く薄い白煙を上げ、エンジンは完全に逝ってしまっていた。無意識のうちに切っていたクラッチのおかげで、チェーンは切れることはなく、宙を舞うことだけは避けられたようだった。コースマーシャルが駆け寄り、直人の無事を確認したのち、直人とマシンをレース上危険のない位置まで誘導する。直人はただ惚けたように一点、コースのアスファルトだけを見ていた。その視界の中に、中野の駆るYSRが横切っていく。コーナーの先を見据えているはずの奴のその目は、微かな嘲笑を帯びて直人を見つめていた。ヘルメット越しではあったが、少なくとも直人にはそう見えた。直人は一瞬だけ下を向くと、ゆっくりと歩き始めた。マシンを押しながら…。
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