鈴鹿の最終コーナーを抜けたら…。
直人は横にいる玲美ちゃんの方を、ちらっと見た。でも、直人は口説くきっかけがつかめなかった。いや、本当はその時、そんな気になれなかったのかもしれない。またため息。今日何度目だろうか。そんな直人にきっかけを与えてくれたのは、玲美ちゃんの方だった。
「ね、武田さんって、何をやっている人なの?」
笑顔だった。八重歯がかわいい口元からのぞく。だが直人にとっては一番酷な質問だった。少なくともその時の直人にとっては…。
「えっ、俺…?」
直人は完全に答えに詰まっていた。そこに雅之がつっこんできた。
「こいつは、今はフリーターしてるんだけどね、本当はでっかい夢があるんだよ。すげぇぞ、聞いて驚け!夢はグランプリ・ライダー、世界最速のバイクの世界なのじゃ!」
酒が回って熟しきった(腐りきった?)雅之の脳ミソが、直人の質問の答えを代弁した。
「すごーい、すごいじゃない。私、武田さんってもっとおとなしい人かと思っていたのよ」
玲美ちゃんの目が輝いていた。その目を見て、直人は勝手に照れていた。そう、そこまでは良かった。いや、そこまでで良かったのだ。しかし、それを雅之がぶち壊した。
「ねぇ、2人ともあさっては暇?こいつあさってレースなんだ。みんなで応援ツアーってのはどう?」
その言葉に直人は、一瞬の光明がかき消されていく気がした。
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