ジャンクブック
花葬


■花葬


青年は少女を抱え、花畑を歩いていた。視界を 遮る物のない広大な景色の中を、彼は淀みない 足取りで進んでいく。完成された絵画のような 非現実的なこの場所は楽園と呼ばれるそれにも 似ていた。色とりどりの花々が風に吹かれて揺 れている。雲一つない青空を二羽の鳥が飛んで いく。

青年は大切そうに少女を抱え、歩いていた。少 女の手足はだらりと弛緩し、首も髪も重力に従 って垂れ下がっている。彼女の柔らかい黒髪も 、七色の花々も風に吹かれて靡いている。さわ さわと、くすくすと、草は妖精のように無邪気 に囁く。

青年はふと立ち止まると、少女を地面に横たえ た。少女は穏やかに眠っているかのような顔を して、花々に囲まれていた。青年の眼が優しく 細められる。太陽の光を反射して複雑な色の光 が零れた。彼は微笑むと少女の傍らに膝を付き 、花々の中に背中を埋める。そうして額に一つ 、キスを落とした。

青年は名残り惜しげに頬を撫で、立ち上がる。 穏やかに眠る少女に背中を向ける。青空は何処 までも広がっている。

青年は花畑の中を歩いていた。彼の背中は次第 に遠ざかり、極彩色の中へと消えた。


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