ジャンクブック
彼の死にたいは溜め息に似ていた


■its like

彼は通過していく電車を見ながら笑った。そうして「死にたい」と呟いた。原因は、思春期ならではの感傷でも、過去の古傷の痛みでもなかった。それは僕が一番理解していたし、理解していたからこそ僕は彼の友達としていられたのだ。

「なんでなんも反応してくれないのさ」
「どう返しても失望するくせによく言うよ」

彼の死にたい、は溜め息に似ていた。溜め息というのは吐いたところで深い意義を持たない。無意識下の場合が多く、それを注意されようものなら、知ったことかと苛立ちを覚える。本当に辛いときは溜め息すら吐く気力がないというのに、目に見える安直なサインにだけ反応が返ってくる。

「もし、俺が本当に死にたかったらどうするの」

彼は立ち上がると、線路の近くまで歩み寄った。僕はその背中を一瞥してから、遠くから来る電車に視線をやった。がたんごとん、というよりも唸りをあげて迫る鉄の塊。近付くにつれて 速度をあげ、巨大化していく、錯覚。ぶわり、と眼前で風が溜め込まれる瞬間、彼がこちらを見て顔を歪めた。ああ、ほら。

進む電車に押し退けられた風たちが髪を、服を乱す。勢いよく鉄塊がホームを過ぎ去っていく。耳に五月蝿い轟音が、次第に遠ざかって。


「ほら、君は弱虫だもの」

僕の言葉に死ねなかった彼は、成り損ないの笑みを浮かべた。



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