水ノ宮の陰陽師と巫女
だが、今の楓は悔しさで心が締め付けられそうなほどだった。

見鬼の才能がありつつも気づかずに、不覚にもケガをしたこと、操り針子の学園への侵入を許してしまったことに対し自分に腹を立てていたのだ。ケガをして治療中は丸一日、否二日、動くこともできずにいたのだ。

祖父が佳織に渡した結界霊符は『1週間はがしてはならぬ』ということは、その期間内に妖を退治しろということを意味していたのだ。

その祖父の霊力が練りこまれた結界霊符が三日目の夜に4枚とも真っ二つに引き裂かれ結界は破られた。

操り針子の背後にいるものの正体を優先的に突き止めるはずだった。

だが、雅人が昨日会った状態では、気配も感じないのは厄介にもほどがあると、楓は感じていた。

1時間近く、佳織の家を見張っていた頃、風が吹いた。

その瞬間、楓は異様なあの時の忘れられない視線を感じた。

振り向くとそこは、昨日雅人が、気配を感じることもなくいたという隣の家の気の上に、『主と呼ばれる者』が佇んでいた。

「やっとお出ましか……」と楓は心の中でつぶやいていた。

『主と呼ばれる者』は楓に視線を合わせたまま、ゆっくりと話し始めた。

「せっかく結界を壊したのに、さらに強い結界を張るとは……。
――楓……。あんた邪魔なのよ!今すぐ消してやりたいくらいなのよ!」

口調は穏やかさを保っているが、その声には凄絶さが込められていた。

「佳織と私の血が必要、欲しがるなんて、あなたたちの狙いって……」

楓の声が静けさを漂わせながら、その眼の奥には、灼熱の炎がたぎるような視線を、『主と呼ばれる者』に向けていた。

「あなたたち二人を明日、ご招待するわ。明日の夜24時、森里学園の屋上で、私たちは待っている」

「待ちなさいよ!」
「待て!」

その二言だけを告げ、『主と呼ばれる者』は、すぅっと姿を消した。

あの邪悪さをはらんだ視線には、負の感情の念がある。その念をたどれば、アイツらの場所にたどりつける。

そう考え塀に飛び乗り、屋根へと飛び移ろうとした時

「楓待て!」

雅人が制止した。

「お前、追うつもりじゃないのか? 今行ってどうするつもりだ!考えなしで突っ込むつもりじゃないだろうな!? 」

「止めないでよ!今あいつらを仕留めないと……」

そう言いながら楓は屋根に飛び移ろうとした時、雅人が楓の左腕を掴んで引っ張った。

その反動で、楓はバランスを崩し、塀より少し高いところから、地面へと落ちた。



しりもちをつきながら、

「いったぁ……!何すんのよ!もう」

「明日って言ってただろう! 向こうは。それまでに作戦なりを練った方がいい」

真顔で、楓を引き留める雅人。

下を向き、前髪を直しながら、

「わかったわよ……。だけど、『主と呼ばれる者』の正体は……、まだ、はっきりわかってないのよ……」

「それはわかってる。まだ正体を掴んではないというのは。だけど、やみくもに突っ込めばいいってわけじゃないだろう? 」

確かに雅人の言うとおりだ。雅人の言うことが正しい。それはわかってる。だけど……楓にとって、待つこともこれ以上野放しにすることもできないという焦りもあり、唇がわなわなとふるえていた。

「楓の気持ちもわかるけど……。これ以上楓に傷ついてほしくないし、この件は僕に一任させてもらってるんだ。春治おじいさんに」

驚いたように楓は雅人の方を振り返った。

黙っててごめん……。と一言謝る雅人の姿を見て楓は、

「わかったわ。明日まで待つ……。
――今日はもう、来ないだろうから、帰るわ」

楓は懐から細い符を3枚取出し、式神を作った。

「何かあったら、連絡すること!」

と、式神に命令し、クルッと向きを変え、自分の家である水ノ宮神社へと歩みを進めた。

「待てよ楓!」

呼びかけながら、雅人も楓と共に家路に向かった。
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