黄昏に暮れる君へ


「……誰だ?」

 赤い薔薇に埋もれてしまいそうになっているのは、太陽に照らされた銀のいばら。
……違うわ、これは…――。

「…娘。
 どこから入ってきたのか知らないが、ここは公国の土地。
 即刻立ち去れ」
「まあ…」

太陽の光を受けて輝く、肩までの銀の髪。
鋭い眼光を放つ瞳は、黄昏時の空の色。
薔薇色の頬と、蕾のように丸いくちびる。
風に揺れるいばらに飲み込まれそうなほど、美しくも儚いその姿…――。

「まあ…、本で読んだことあるわ。
 …小人ね!?」
「なっ…!?
 ぶ、無礼な!
 わ、我はこの国の…――!」

なんて小さくてなんて可愛らしいのかしら。
それに髪もサラサラだし…。

「うふふ、可愛いわねぇ」
「や、やめろ!
 髪で遊ぶな、無礼者!
 貴様、一体何者だっ!」
「私?
 私はレオンティーヌ…、レオよ」
「…ふん。
 どこの家の者だ、見たところではそれなりの身分の出だろう」

…なんだか、やけに威張るわね。
こんなに可愛いのに、高圧的、っていうか…。

「ねぇ、あなた…。
 そんな態度ばかり取っていたら、友達居ないんじゃない?」
「…余計なお世話だ。
 偉大な王に必要なのは、友ではなく優秀な部下と、それを従える力だ」
「…王…?
 私のお兄様もいつかは王様になるらしいけど、あんまり良いものだと思えないわ」

ローゼ=イリュジオンの吸血鬼すべてを束ねる王…。
お兄様なら確かに務まるでしょうけど、すごく窮屈な気がするわ。

「…王に、なるだと?
 何を言っている、次の王は僕だと、生まれたときから決まっているんだ!
 お前の兄は謀叛を起こす気か!?」
「えっ…、え?
 あくまでもお兄様は長老たちの決定に従うだけって…。
 それに、次の王様が生まれたときから決まっているなんて、有り得るの?」
「…は?」

あら、目が真ん丸。
そう言えば、この子の名前を聞いていなかったわ。

「ねぇ、あなたの名前は?」
「――…サミュエル・ロデオ・ド・ドラノワだ。
 この国の、次の主だ」
「サミュエル・ロデオ…、じゃあロデオね!」
「人の話を聞け!
 ド・ドラノワだぞ!?
 このドラノワ公国を治める公爵家の姓だ!」
「ドラノワ公国…?
 何を言っているの?」
「はあ!?」

さっきから、訳のわからないことばかり言うのね。

「な、何って…、」
「だってここは、私たち吸血鬼の幻想郷、ローゼ=イリュジオンだもの」
「………は、」

口を大きく開けて、ロデオはこっちを見ていた。

「ローゼ…、なんだと?」
「だから、ローゼ=イリュジオンよ。
 疑うなら、ご覧なさいな。
 赤い霧が出ているでしょう?」
「…なん…、なんで…。
 僕はただ、この薔薇園に来たかっただけなのに…。
 どうして吸血鬼の巣窟に…」

まあ、失礼な。
そんなに怯えなくたって、吸血鬼は誰も襲ったりしないのに。

「お、お前も吸血鬼なのか?」
「そうよ、小人さん」
「……僕は小人なんかじゃない。
 ドラノワ公爵家の人間だ…」
「あら、そうなの?
 人間は私たちとあまり変わらない見た目だっていうから、てっきり違うのかと思ったわ」
「…僕は、まだ子供なだけだ…」

子供…、私、子供って見たことないわ。
子供を産むと、心臓をその子供に譲り渡さなくてはならないから。
色とりどりの薔薇を、それぞれの胸に秘めて…。

「…あら、もう日が暮れてしまうわ。
 私、そろそろ帰るわね」
「あ、おい!」
「また遊びに来て頂戴、ロデオ!」

ああ、ロデオ!
なんて素敵な、私の新しいお友だち!
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