恋するマジックアワー(仮)
「――あのさ。わかってると思うけど、俺と一緒に住んでる事、誰にも言わないでね?」
「……」
頬をくすぐる、柔らかな髪の感触。
絵の具の匂いと、シトラス系のシャンプーの香り。
煙草のほろ苦さと、ほのかに香る甘い香水。
耳元でそう囁かれて、あたしの思考も何もかも急停止。
何も考えられなくて、ただその香りに目眩を覚えた。
「返事」
……?
「返事は?」
へ、返事!?
弾かれたように顔を上げると、洸さんは口角をクイッと持ち上げた。
ドキン!
「……」
小刻みに首を縦に振ると、それに満足したように「よし」と頷くと洸さんはその手をあたしの頭に乗せた。
「イイ子だ。 んじゃ、体育館行くか。あんまり遅いとお小言くらうからな」
「……」
「立花?」
「あ、は……はい」
海ちゃんじゃなくて、”立花”呼び……。
机の上に無造作に置かれていたスーツの上着を手に取って、それに手を通しながら振り返る洸さん。
頭ボサボサだし、分厚いメガネは相変わらずダサいけど……。
洸さんは、いとも簡単にあたしのパーソナルスペースを飛び越える。
そんな人は今までいなくて。
だから慣れなくて、いちいちその距離の取り方に心臓が過剰に反応するんだ。
「あと、学校にいる時はあんまり話しかけないように。俺は女子高生苦手なんだ」
「……はぁ」
苦手?
なんか慣れてるっぽいのに……。
ま、どうでもいいけど。