恋するマジックアワー(仮)

急いで体育館に行くと、すでにほとんどの生徒の姿があった。

まだ暑いって事もあって、校長の挨拶とその他の連絡事項を報告しただけで、すぐに始業式は終わった。


長い列の後ろ。

体育館の隅に並んだ先生達に視線を向ける。

その中に、さっきまで一緒にいた洸さんの姿を見つける。


後ろで手を結んで、ジッと前を見据えている。
分厚いメガネの向こう側は、窓から差し込む日差しを反射させて、なにも見えない。


こうして全校生徒が集まる機会は何度かあった。

それでも、『沙原洸』なんて先生の名前は聞いた事がなかった。

でも、よくよく思い出すとボサボサ頭のさえない先生がいた気がする。


まさか……その先生が、真帆さんの言ってた愛さんの弟で、あたしの同居人になるなんて。


パパは知ってるんだろうか。
それとも何かの手違いで、そうなってしまったんだろうか。


「……」


どっちにしても……。

もしこの事がパパにバレて、うちに連れ戻されたりなんかしたくない。

うまくやらなきゃ……。

一緒に住むのも、1年半。”たった”それだけ。
そしたらあたしは高校を卒業して、晴れて自由の身だ。

それだけをただひたすら、目立たないように過ごせばいい。



うん。大丈夫、なんとかなるよね。
洸さんも、黙ってろって言ってたし、あたしを帰すつもりはないみたい。


『家賃全部払うの嫌だから』


そう言ってたのを思い出して、なんか腹が立つ気がしなくもないけど……。

うん……。

顔を合わせなければいいんだ。
なるべく同じ空間にいないようにしよう。


あたしは、何も考えてなさそうな『沙原先生』と眺めながら、ひとり、そう心に決めたのだった。


< 39 / 222 >

この作品をシェア

pagetop