恋するマジックアワー(仮)


カラン
 コロン


茜に染まる夕暮れに、涼しげな下駄の音が響く。

オレンジからビロードへと変わりつつある空。
この一瞬が、たまらなく好きだった。

懐かしくて、泣きたくなる。


あれは、パパとママと、あたし。

動物園に行った、あの日。

3人並んで歩いた、夕暮れの帰り道。


今でも鮮明に覚えてるよ?

すごく、すごく幸せだったって……。



もうとっくに見えなくなった太陽は、それでも空を明るく照らしていた。

すっかりぼやけてしまった影法師を眺めて、それから少し浴衣のすそを持ち上げた。



「真帆さん、よくわかったなぁ。浴衣しまってあった場所」


そう。

これは、お母さんの形見の浴衣。


紺色に、鮮やかな赤で、朝顔と金魚が泳いでいる。
帯は、白に近い向日葵色。

そこに、真帆さんがお花のコサージュをつけてくれたんだ。



昨日あたしが連絡すると、その日の夜、遅くまで探してくれてたみたいで。
今日の朝、早々に持ってきてくれたんだ。

1階にいるよと電話がかかって来たときは、違う意味でびっくりしたっけ。


ま、洸さんはいなかったけどさ。


……。



『綺麗だ』



そう言ってくれた洸さんの言葉が、まるでおまじないみたいに、ずっと響いてる。

いい加減で、よくわからない洸さんだけど。
あたしは、その言葉で救われた。

すごく勇気をもらえたんだ。



集合場所のコンビニが見えてきた。

そこで手を振る、ふたつの影。

あたしもふりかえして、笑顔で一歩踏み出した。





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