だから、恋なんて。
「噂…って?」


…しまった。勝手に墓穴掘ったよ、私。

「いや、うん、知らないならいい」

慌てて手を振って、視線を逸らすけれど。

ん…?ちょっと待てよ。じゃあ、なんで?なんでなの?

「なに、なに?美咲さんの噂?それって誰に聞いてもわかる?師長とかでも…」
「あ~!ちょっとストップ!」

静まり返った階段の踊り場で、グヮングヮンと響く自分の声。

あぁ、消去したいのに、できない。

目の前のチャラ医者も、あまりの声の大きさに目を見開いて固まっている。

「いや、師長とかに聞くのはちょっと…」

努めて小声で、こいつに弁明する。なんとか余計なことをICUで広められる前に有耶無耶にしないと。

―キィ、バタンッ

反響する音のおかげで、上からなのか下からなのかわからないけれど、どこかのドアが開く音がして。

キョトンとしたままの医者と、やたら焦って目を泳がせる私。

こうなったらほんとに不本意だけど。ほんとに、ほんとに遠慮したいけど。

「裏門から少し歩いたところの公園で待ってる」

今度は響かないように少しだけ背伸びをして、なるべくチャラ医者の耳の近くで囁いて。

何か後ろめたいことがあるかのように、急いで重いドアを開けて、振り向かずにロッカールームに向かった。
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