だから、恋なんて。

それでもこの緊張感から早く逃れたくて、席を譲るように腰をずらしながら身を引く。

カタンっと静かなICUに音が響くと同時に、右腕を捉まれているんだとわかる。

「…なんで避けるんですか?」

私の無理な体重移動に倒れかけた椅子を支えながら、私の右腕も離さない青見先生。

仕事中とかわらない口調で言われた言葉を、すぐには理解して返すことができない。

「え…あの、」
「あ~、ちょうどよかったです、青見先生!」

青見先生の背後から聞こえた夜勤の若い看護師の声と共に、何事もなかったように離された手。

「あれ?乙部さん、まだ帰れないんですか?」

青見先生の後ろから顔をのぞかせて私に声をかける彼女からは、多分先生の背中で掴まれていたことはわからなかっただろう。

「うん、もう帰るよ。お疲れ様」

私がいたことを少し不思議そうに問う彼女は多分、先生を狙っているんだろう。

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