ドライアイス
「ヒナってさ、好きな人いないの?」

唐突な由梨の質問。
これにも素直に答えられるはずがない。
さっき由梨が手を繋いで歩いていたリュウが好きだなんて、口にしたら私が泣き出してしまいそう。
リュウのそばにいれる由梨が羨ましい。
堂々と腕を組める由梨は、私にとって大きく遠い存在なのだ。

「ヒナは、恋愛とか興味ない?」

「興味が全くないわけではないんだけど」

「じゃあさ、今度あたしの友達紹介してあげる!優しいから、ヒナとお似合いだと思うなぁ」

優しいなら、由梨が付き合えばいいんじゃないの?
思わず毒づきそうになって、言葉を飲み込む。
口にしたら、関係がこじれるのは目に見えている。
だからと言って、安易に由梨のお友達を紹介してもらうわけにもいかない。
私は、この場を切り抜けるうまい言い訳を考えた。

「まだ、付き合うとかよく分からないから、私に覚悟ができたら、紹介してくれる?」

私に由梨の友達を紹介してもらう覚悟なんて、おそらくは一生こないだろうけど、建前上付き合う覚悟ができていないと言っておくしか逃れる手はなさそうだ。
案の定、由梨はガッカリしたような表情で私に捨て台詞を残した。

「覚悟なんて、後からついてくるものだと思うけど。付き合う覚悟がないなんて言ってたら、好きな人がいたってずーっと付き合えないままなんじゃない?」

胸にグサリと突き刺さる捨て台詞。
由梨は気づいて居ないかもしれないけど、由梨って人の気持ちを見抜く天才かもしれないね。
少なくとも、その時の私の気持ちは全て見透かされていたの。
由梨の言葉が胸にチクリと刺さり、やがて傷が疼き出す頃には、私にもリュウとの向き合い方が見えているのかな。

「ヒナはさ、もっと積極的になりなよ。いつまでも受け身の体勢でいたら、本当に大切な人が逃げて行っちゃうよ?」

「そう、だね」

半分泣きそうになっていた。
教室の片隅で1人、私は涙から溢れようとする液体を、目の中に留めておくことで必死になっていた。
由梨には泣いてるところなど見られたくない。
まして、ほとんど話したことがないようなクラスメイトには余計泣き顔など見られたくない。
私にだって、意地やプライドがあるんだから、そうやすやすと涙を流す訳にはいかないの。

強がって見ても、涙は確実に下界への出口を探して私の目元をさまよっている。
潤んだ瞳を見て、これまた私の心理を見透かしたのか、由梨はそれ以上私を追い詰めたりしなかった。

泣きたい時は泣けばいいよ。

そう言いたそうな瞳で私を見つめていた。

「由梨、私、本当はね。。。」

言いかけたところで、担任が教室のドアを勢いよく開いた。
友達との会話を楽しんでいた生徒たちが、指定された席へと戻ってゆく。
由梨もまた、自分の席がある廊下側にかけて行った。

言いかけた言葉は、飲み込んだまま、ついに言葉にならなかった。

「本当はね、リュウが好きなの」

どうして、リュウと腕を組んでいたはずの由梨に真実を打ち明けようと思ったのだろう。
由梨は、自分の感情と引き離して物事が見れるのかもしれない。
だからこそ、第三者の意見として聞きたかったのかもしれない。

よくよく考えれば、由梨が第三者になることは、まずあり得ない話だろうけど。
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