ドライアイス
放課後は毎日空手部の稽古に参加する。
今日も、洗いたての道着を羽織った私は、空手部顧問を兼ねた師範に稽古をつけてもらっていた。

「福山の欠点は、組手において、受け身であることだ。いいか、福山。組手で点を取るためには、間合いを取りつつ、自分からも攻撃をしかけることだ。相手からの攻撃をかわしての点数は入らないと思え」

「間合いを取りつつ、攻撃をしかける、ですか?」

「そうだ。福山は組手よりも型が得意だが、組手の技術が他の有段者よりも劣っているわけではない。間合いの取り方、他の選手との駆け引きが苦手なだけだ」

「な、なるほど」

「空手の昇段試験でも、組手は必須だろう?型だけが秀でていても、有段者を語る資格はないということだ。福山は努力を惜しまない分、他の選手よりも技術面では上だ。自信を持って次の大会に参加しなさい」

「は、はい」

はい、と答えたものの、自信なんて全く持ち合わせていなかった。
空手に関してだけではなく、何事においても自信というものが欠如している。
勉強においても、空手以外の習い事においても、努力をするのは自信のなさの現れだ。
私は、人一倍の努力をしなければ、人並みになることができないと思っている。
だからこそ、努力を絶やさず、せめて人並み程度であろうとするのだ。

サンドバッグに軽い正拳突を食らわせる。
サンドバッグは砂で重たいはずなのに、なぜか中身の詰まっていない音がした。
まるで私の心のようね。
見てくれだけ充実していて、心の中は空っぽの状態。

「オス、遅れました」

道場の門を開いたのは、予想通りリュウだった。
リュウはいつも遅刻をして部活に参加する。
部活があれば、必ず参加するし、サボったことなんて今まで一度だってないけれど、遅刻だけは常習犯。
むしろ、正規の時間に顔を出す方が珍しいし、雨でも降るんじゃないかと思う。

「花木か。お前は相変わらずやる気が感じられないな」

「やる気は十分ありますよ。じゃなきゃ毎日稽古に参加しませんって」

「せめて髪の色をどうにかしたらどうだ?毎度大会に出場する度、審査員が度肝を抜かれてるじゃないか」

「髪の色は変えません。なにか特別な事情があれば、黒に戻しますけど」

「空手は特別な事情にはならないのか」

「空手の為に髪の色を変えるつもりはないです」

「じゃあせめて、ピアスの穴を増やすのを一時中止しろ」

「無理なお願いですね、師範」

リュウは全く悪びれる様子がない。
むしろ、陽気な顔をして笑っている。
空手家の枠にはまらない異端児だという噂で持ちきりのリュウ。
何を言われても屈しない精神は空手にも必要だけど、たまには師範の話にも耳を傾けてみたらいいのに。
リュウは、右から左に聞き流してるから、師範が同じことを何度言っても、聞き入れようとしないの。

「そんなに睨むな、ヒナ。おでこにシワが寄るぞ」

「に、睨んでなんかないっ」

「じゃあ元々目つきが悪いんだな」

「なっ!!」

最近のリュウは、口を開けば悪態しかつかない。
特に私に向けられる悪態の数々は、人格否定にまで及ぶからタチが悪い。

「リュウって、何で私のことばかり悪く言うの?私リュウに悪いことしたっけ?」

感情がむき出しになる。
こんなことが言いたかったわけではない。

「ヒナは何も悪いことなんてしてない。ただ、目障り」

言い放ったリュウの瞳はすわっていて、リュウの言葉が嘘でないことを私に告げていた。

「目障り」

何をしたわけでもないのに、どうして?
再び涙腺が緩み、涙が溢れ出しそうになる。
胸につっかえた言葉は口にできない。

「好きにならなければよかった」

そんな風に言えたら、どれだけ楽だろう。
踏みにじられた心は、簡単には復活しない。
きっと、リュウとまともに会話ができるまで、時間がかかるだろう。

「師範、私、今日はもう帰ります」

涙など誰にも見せない。
弱いところや脆い部分は、ひた隠しにしておく。
そうやって、今までを過ごしてきた。
大丈夫、痛くない。
心が泣いても、どうか身体は泣かないで。
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