ひよりの恋日和
小さな公園のベンチに腰掛け、考える。10年前の、あのできごとを。
10年前――私は姉が不良に絡まれているところを見掛けた。三人がかりで姉を押さえ、無意味な暴行を繰り返していた。姉さんを助けなければ。そんな思いで気がつくと私は走っていた。必死に男達の足にしがみつき、姉を守ろうとした。でも、私は無力だった。なにもできなくて、結局姉さんに助けられて。悔しくて、痛くて、悲しくて、憎くて。ぐっと唇を噛み締めたときだった。私からなにか、とてつもない力が溢れた。体からじわりと滲み出るそれは、今まで体験したこともないようなもので。訳もわからないまま、気がつけば、私の周りには姉を苦しめていた不良たちと――私の守りたかった姉さんが倒れていた。怖くなった。自分がやったのかと、酷い罪悪感に襲われて。どうして助けたかった人を傷つけているのだろう。私は何度も手を地面に叩きつけた。私たちを探しに来た母さんは、「大丈夫だから」と私を優しく抱き締めてくれた。でも、大丈夫だと言われるたびに、私の中の罪悪感や悲しみは、どんどん大きくなっていった。

それを境にその力はふとした時に現れ、大切な人を傷つけた。いつしか気味悪がられるようになり、誰も私に近づかなくなった。私も、誰も信じることができなくなった。成長するにつれて感情を閉ざし、力を抑えることが出きるようになってきた。やっと私は普通にいきられる。そう思った矢先に、あんなことに巻き込まれるなんて、嫌だ。私はこの力を二度と使いたくないんだ。もう、必要とされなくなるのは、嫌だ。

考え込んでいたせいで周りの音に気づいていなかった。段々と近づいてきている足音に、どうしようかと周りを伺っていると、いきなりぐいっと腕を引かれた。見つかった、そう思ってその人物の腹部に肘を叩き込むと、その人は苦しそうな声を出したが、それでも私を建物の中へ引っ張った。
「……痛ってー。いきなり肘叩き込むなよ」
「………誰?」
私の腕を掴んでいたのは、全くもって知らない人だった。大人っぽい容姿に、凜とした顔。美青年、というのはこういうひとのことを言うのだろう。
「っつかお前、何で豹堂から逃げてんだよ」
「豹堂を知ってるの?」
「あー……まあな」
彼は外の様子を伺いながら、言葉を少し濁した。まあ、別にいいけれど。
「で?なんで豹堂から逃げてんの」
「……あんたには関係ない」
「あんたって……。龍ヶ崎天馬ね。覚えとけ」
不思議なもので、彼とは初めて話したのに、何だかすごく話しやすかった。彼が、私自身を見ているからだろうか。何だか彼には話してもいいような気がして、私は逃げている理由を話した。すると天馬は、「やっぱりな」と頷いたあと、私の手を掴んだ。
「なら、俺らんとこ来るか?"龍天組"――ここなら、お前を必要としてくれる人がたくさんいる」

正直、またか、と溜め息が出そうになった。こんな言葉は口先だけ、結局、天馬達の組織も私の力を利用したいだけなのだろう。でも――今まで一番信じていた人に裏切られて、無理矢理に笑顔で必要だから、と言われるよりは。全くの他人に必要だからと微笑まれる方が楽かもしれない。それをわかっていて、天馬も私に手を差し出しているのだろう。
「どうする?俺と、来るか?」
天馬の手を、掴もうとした瞬間。

私の手は、違う人物によって捕らえられた。

「……おい。お嬢に触んなよ」

手をぐいっと引かれ、その人物の元に引き寄せられる。勢いよく引かれたので、その人に倒れ込む形になってしまった。見上げれば、最初に会った、あの少年がいた。確か、
「千尋、くん……?」
名前を口に出してみれば、彼は無邪気に笑って。
「うん。お嬢、無事でよかった」
そう言って、私の頭を撫でた。
どうしてか、懐かしい気がした。

「……姉さんに言われて来たの」
私を連れ戻しに来たのだろうか。俯いた私に、千尋くんは「うん、まあそれもあるけど、」と前置きをしたあと、私の両手をぎゅっと握った。
「俺はお嬢が心配で勝手に探しに来た。もしお嬢が逃げたいなら、逃げていい。その代わり、こんなことに巻き込まれないくらい、ずっと遠くに逃げてほしい。間違っても龍天組になんか行くな」
強く、射抜くような眼差しだった。心からの本心のようだった。彼は本当に私を心配して、来てくれたようだ。
「黙って聞いてれば勝手なこと言ってくれんな、犬飼千尋。日和は龍天組に渡せよ。そうすれば今は見逃してやる」
「ふざけんな嘘つき野郎!そんな偽物の笑顔でお嬢を騙して連れていこうだなんて、バカにしてんじゃねぇよ」
「お前こそ、決められた運命に抗えもしないくせに正義のヒーローきどってんじゃねぇよ」
決められた運命。天馬がそう言った瞬間、千尋くんの体が強ばった。そして、私の肩を抱く手に力が入った。

「ま。とりあえず今日は引くか。いろいろわかったしな」
天馬は楽しそうに笑って、私をちらりと見たあと、小さな窓からするりと外へ抜けて行った。ふっと、全身から力が抜ける。ぺたりと座り込んだ私に千尋くんは慌ててしゃがんだ。
「大丈夫かお嬢!どっか痛い?!」
「え。ううん。平気だけど……」
私はどこか安堵しているようだった。急に、ぽろぽろと涙まで溢れてきて。千尋くんはおろおろしながら私の髪を撫でて、必死に慰めようとしてくれた。
「……お嬢はなんも悪くないよ。桜子さんも、悪くない。印を持ってることは、悪いことじゃないんだよ」
千尋くんはまるで、自分にも言い聞かせるように、私にそう言った。
「俺も嫌いだったよ、印が。人に嫌われることが怖かったし、必要とされなくなるのが苦しかった。でもな、ある人に救われたんだ。それでこの力を、大切な人たちを守るために使おうと思った」
"大切な人たちを守るために"。でも、私のこの巨大な力は、誰かを守ることが出来るのだろうか。とても、そうは思えなかった。
「聞いて、お嬢。桜子さんはお嬢を利用するためだけにここへ呼んだんじゃない。大切な家族だから、守りたくて呼んだんだ」
「え……」
「だから、お嬢。もう一度桜子さんを信じてあげてくれないかな。どうしても嫌なら、俺が君を逃がしてやるから」
姉さんを信じることなんて、そんなの当たり前だ。私は姉さんを信じてるよ。でも、姉さん。言葉で言ってくれなきゃわからないよ。私は今まで、誰にも必要とされなかったんだから。
次々と溢れ出る涙を止めることができなかった。逃げたい?と問うてくる千尋くんに、必死に首を横に振った。
「そっかそっか」
優しく、彼の大きな手で撫でられるとひどく安心した。


「日和……!」
漸く涙も止まり、千尋くんに連れられ屋敷に戻ろうとしていたとき。私の名前を呼びながら、姉さんが私の所に走ってきた。そして、私を抱き締めると、ごめんね、ごめんね、と泣きながら謝った。
「謝らないで姉さん。姉さんの気持ち、ちゃんとわかってるから」
「日和……」
ふわりと微笑んだ姉さんは、もう一度私を力強く抱き締めた。私も同じくらい、姉さんにしがみついた。もう二度と、離れたくないと言う風に。
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