幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜

沈黙が二人を包む中、最初に鯉口を切ったのは総司だった。

「ごめん……いつもいつも、君ばかり辛い思いをさせて」


悲痛な顔で手を握りしめる総司の手に、自分のそれを重ねる譲。

譲は優しい表情で静かに頭を振った。

「辛いと思ったことはないわ。むしろ、みんなに貢献できることが嬉しいの」


顔を上げると、譲の硝子玉のような綺麗な瞳が総司を映していた。


「私は……みんなを護りたい。もう、大切なものを失うのは嫌なの」


譲の手に込める力が強くなる。その顔は今にも壊れそうなほど儚かった。


総司は心を落ち着けるように深いため息をつく。

「でも……君はいつも無茶ばかりしてる。危なっかしくて目が離せない」


「それは幸せな無茶だから、いいのよ」

「でも……!」


食い下がる総司に、譲はふと空を見上げる。

つられて総司もその視線を夜空に向ける。


今夜は星がなく、綺麗な満月が浮かんでおり、煌々とした光を自分たちに注いでいた。

月に魅入られている総司の隣で、譲は人知れず涙を流す。

一人暗闇に浮かぶその満月はまるで、昔の自分の心のようだと皮肉に笑う。


家族を、一族を幕府に皆殺しにされ、孤独だったあの日々。

弱くて、何もできなかった自分を責め、全てを護れる、何も失うことがない力を求めた夜。


ただ、ひとりよがりに生きていた。

だがー、近藤さん、土方さん、そして同じような痛みを持つ総司に出会い、いつしか自分の周りにはかけがえのない星たちが輝き、自分を大切に思い、護ってくれていた。



だからこそ、自分の居場所を護るために、この人たちを護るために強くなりたいー。


譲は総司にばれないようにその涙を拭う。


だからしっかりしなくては。佐伯の所業も、自分が何とかしなくてはならない。


こんなことでみんなの手を煩わせるわけにはいかない。


譲は優しい総司に、心配をかけまいと笑いかける。


「総司」


呼ぶと総司がこちらに振り向く。


「ありがとう」


この譲の笑みに、総司は何か引っかかるような違和感を覚えたー。





< 181 / 261 >

この作品をシェア

pagetop