幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
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互いにひとしきり泣き終えると、総司が初めてやわらかい笑顔を見せた。
「ありがとう」
総司は、もう譲が手拭いで傷口を洗うことを拒否しなかった。
それどころか、気さくに笑いかけてくれ、譲も微笑み返した。
間違いなく、二人の距離は縮まったのだ。
傷口の消毒を終え、二人は縁側に腰掛けた。
すると、思いつめた顔をしていた総司が意を決したように口を開く。
「僕はね、武士の家の生まれなんだ」
真面目な口調に、譲も言葉を挟むことなく、真剣な眼差しを送る。
そこで語られたのは総司の過去だった。
母とは死別したこと。
父が亡くなってからは姉に世話をしてもらっていたこと。
でも生活が苦しくて、ここに来たこと。
ありのままに、包み隠さず話してくれた。
そして今、兄弟子たちから受けている折檻のことも。
「でもね、君の胡弓の音色に耳を済ませていると、嫌なことを全て忘れられた。だから毎日、聴いていたんだ」
それから総司は無邪気に笑う。
「それにね、君が話しかけてくれて、本当に嬉しかった。僕のことを心配して、思ってくれる人がいる。そう思えたんだ」
「うん……!」
二人はそれから他愛のない話をした。
本当に些細なこと、どうでもいい内容ではあったが、二人にとっては確かに大切な時間だった。
だが――ふたりのことを快く思わぬものが、侮蔑の視線を、二人に送っていた。