ほどよいあとさき


ふう。

小さく息を吐いて、耳元のピアスに指先で触れる。

『このピアスとお揃いの指輪を、近いうちに左手の薬指にはめてやるからな』

そう言ってピアスをプレゼントしてくれたあの日が、現実の出来事だったのかどうかも分からなくなっている。

あの言葉が現実だったのならば、どうして歩を信じて、ずっと側にいなかったんだろう。

今でもこんなに好きなのに、どうして歩から離れてしまったんだろう。

夏乃さんに言われた言葉に動揺して、歩の本心をちゃんと確認することもせずに離れたことを、何度も後悔している。

「好き……」

もう二度と歩に伝える機会はないに違いない言葉を、小さく呟いて。

ぐっと目を閉じる。

瞳の奥が熱くなって、何かが零れ落ちそうになる。

私の体から溢れ出して、止める事のできない想い。

ずっと気づかないふりをしていたその想い。

今でも、歩を愛していると、今更実感しても、手遅れなのに。

新入社員が配属される前のばたばたとした雰囲気の中、沈む気持ちを必死で抑えつけて、私はぐっと涙をこらえる。

ふと周囲を見れば、幹事の子たちが今日の宴会の場所を書いた紙を配っている。

会議から帰ってきた部長が、配属される新入社員の履歴書を手渡されてそれを確認している。

宴会前で残業ができない中、必死の形相でパソコンに向かっている人達。

そんな、雑然とした雰囲気に助けられながら、気持ちを切り替える。

「さ、頑張ろう。もう少しだけ」

さっき、相模主任がもう少しだけ頑張れと言ってくれたことを思い出す。

退職願の書き方って、どこかにあったかな。

そんなことを考えながら、私は机に残っていた書類を片づけ始めた。

心は歩でいっぱいのまま。



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