Reminiscence
Episode 1 shinlia-赦し-
日が昇り、空気が温かくなってきた頃、一人の男が精霊の森に侵入しようとしていた。
男は動きやすい軽装で、なんの荷物も持っていなかった。
精霊の森の中は薄暗く、遠くまで見通せない。
夜の月光だけがこの森の中を照らすらしいが、本当だろうか?
だが男は歩を進めていくうちにそれを信じてもいいような気がしてきた。
精霊の森には、どこか冷たい神聖な気運に満ちていた。
3女神の力に満ちた場所である、と男は既に信じて疑わなかった。
聖リーディアス王国のいち国民である男は当然3人の月の女神を信仰していた。
当然、女神に仕える精霊のことも。
たとえそれが、今自分の身を脅かしているのだとしてもだ。
とはいえ、精霊の森に侵入しないかぎり、精霊は人を害さない。
聞いた話では、精霊の森に入って、精霊に見つかり追われたが、森の外に出たら精霊はそれ以上追って来ず、助かったという男がいるという。
つまり、精霊の森にしか咲かない月光草を持ち帰るのも、不可能ではないということだ……。
月光草は万病に効く薬であると同時に希少価値のあるものとして、非常に高く取引される。
たった1本あるだけで、一生楽して暮らせるだけのお金が手に入るわけだ。
それを夢見て、精霊の森に足を踏み入れる者は少なくない。
男もその一人だ。
ただ……もちろん生きて帰ってきた人数はごく少数ではあるのだ。
だが、最初はおびえていた男も、次第にその歩みがしっかりとしたものになってきた。
精霊は現れず、順調に奥へと進めている。
そしてついに、男は淡く光る月光草を発見した。
それは可憐な花だった。
白い花弁は月光のごとく輝き、新緑の茎は折れそうなほど細いのに同色の葉に装飾されて羽衣をまとっているかのようだった。
男はそれに飛びつき、そして一瞬迷ってから、土を掘り起こし始めた。
根まで持ち帰ることができれば、より金になると思って。
しかし、男はそこまで欲張るべきではなかった。
すぐさま手折って一秒でも早く森から出ようとしたのなら、あるいは無事に帰れたかもしれないのに。

「人間」

すぐ目の前で聞こえた声に男はびくっと身を震わせ、顔をあげた。
そこにはこの世のものとは思えない美貌の精霊が冷たい目つきで男を見ており、精霊の指先が徐々に男の方へと向いていった。
男は逃げることもできずにその指先をじっとみつめ、それが自分の眉間を差すのを見ていた。

「約束をたがえた人間に、断罪を下す」

冷酷な声でそう言った精霊の指先にマナの光が宿った一瞬後、その一帯で男の悲鳴が響き渡った。
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop