XXX、ベリーズ辞めるってよ
女は話す事で楽になっていったのに反し、侍の顔色はますます青ざめていった。

聞かなきゃよかった。えらいものに片足つっこんだなと後悔しつつ男の脇からは、メルヘン汁がタラタラと垂れた。


「そのー……だいたいの話はわかった。わかりました。でも、そのー

……ど、読者賞って読者が決めるんでしょ? そうですよね? たとえばね、あっしがね、超絶イケメンで、文才とは別の要素でね、人気モノだとするじゃないですか」

声を裏返しながら語るが、論点はズレている。なにが、じゃないですか。だ。

「すいません。その例え、上手く想像できないんですけど」

「文才はそれほどないけどイケメンで人気者だとするじゃないですか!!」

「は、はい」

二回言うほど大事なことなんだろうか、関わったことは、やっぱり間違いだったと後悔し始めた。

「多くの人に支持されたかどうかの賞で、言っちゃなんだが内容はどうでもいいのね。

もちろん中身がいいから支持されるわけなんだけど、中身が良くても支持されない作品なんて山ほどあるわけで、

これね、エントリー中ならまだ効果あったのかなーなんて。期間とか実際長かったし、もう、それにさ、すんだあとだしね、これ。

過ぎたるはおよばざるが如しってこれは違うか」

「は、はい。違いますね」

「ただね、遅すぎるって事はない。何事においても遅すぎることなんてない。これって説得力の勝負みたいなもんで、人ってのは信じたい方を信じるわけさ」

侍は目を泳がせながら話し、どっちを信じるのですかと問われた。

「え? あっしですか?

あっしは、いま現時点で不利で、やや劣勢なほうを応援したくなる性分で、判官贔屓ってんですかね? 叩かれている方、批難されている方に肩入れをしたくなる。

けど、泣いてる人は、やっぱりほっとけないかな」

得意げな顔をして女の人の顔を見てはいるが、女は大きく引いていた。

こんなに、かっこいいはずのセリフも2周半まわってキモく。6月の終わりにもかかわらず、二の腕を掴むようにして女はわたわたと大げさに震えた。

「も、もう、帰ります。お手間をとらせました。おじゃましました」

と、あわてて帰ろうとするのを、男は鼻息あらく引き留めた。両目にはしっかりとPVとある。

「う、うん。ちょっとまって、今から本気出すから。

ただね、多くの人の目に触れることで、なにをギャーギャー騒いでるのだ被害妄想だ、言いがかりだといわれるリスクをしょってるわけだからさ、いいことだとは思うんだ。ほっておいても風化していくだけだし。

それをね、目にした人がそれぞれ正しいと思うほうをね、信じたいほうをね、信じるだけかなーなんて」

女を引き止めていた肩を掴んだ手。それを「ごめん」と呟いて降ろした。

覗き込んだときに見た、おさむらいさんの目付きはなんだか変わっていた。

「あのね……」

大きく息を吸い込んで伸びをした後、口元を緩ませてから小さな咳ばらいをひとつした。

「ひとりひとりが判断したらいい」

芝居がかったように遠くの夕焼けを見つめながら続ける。

「どれだけ真ん中に立とうとし、中立であるようにと考えても、それは無理なのかもしれんね。

当事者やその周辺のひとだけでなく、出来るだけ多くの目に触れて、

その多くの人がなるべく真ん中に立とうとしながら判断するしかない。


といっても中立というのは、公平であろうとすることは、やっぱり難しいんだよね。あいまいでもなく、どっちかではなくて。どっちもってのが難しいんだと思う。

たとえば、パクられたと言われた時どうすればいいのか? あんまり考えたこともなかったけど、これって想像しただけで怖いことなんだよね。

逆に、パクられたと感じた時は、黙ってるしかないのか、とか。

負い目や、やましい事がないのなら、黙ってるのはどっちの立場にとっても不利だと思う」

なんだか言ってることの意味がよくわからない侍に声をかけようにも、彼は細い石段に飛び乗り、両手を広げバランスをとるようにして歩き出している。

女は、その姿をただ眺め、笑いを堪えるようにして震えていた。

「決めるのは、君じゃない。辛いのも君だけじゃない。みんなだ」

くるりと振り返りそう言うと、また背中を向けた。


「無料サイトに、いろいろと求めすぎな気もする」

と、ふらふらと揺れながら離れていくのを追いかけて女は自分でも驚くほどの大声で言う。

「こうあって欲しいと願うことはそんなにもいけないことでしょうか?」

たしかに求めすぎているのかもしれない。だけど、悪いことだとは思わない。

理想が実現するのにはとても時間がかかることぐらいは知っているし、理想とはいつまでも理想であるから理想であり、近づくことしか出来ないのかもしれない。

それに現在ある状態というのは、ついさっき突如として現れたわけでなくこれまでの積み重ねだ。駄目になる時はすぐなのに。

そう思うと、とてもさみしい。


「不特定多数のユーザーというのは、ひとりひとりの集まりなんですよね?

その、ひとりの意見というのは、そんなにも通らなくて、こんなにも弱くて、こんなにも、こんなにも」


男は背中を向けたまま、暫く考え


「無料サイトといっても、機械がつくってるわけじゃないからね」


とつぶやいた。


「あのう」


女は立ち止まった背中越しに何かを言おうとした。

振り返らずに、男は手を上げ、逃げるようにして夕焼けの向うへと去って行った。


自分と同じように男の小さくなる後ろ姿、伸びていく影を、舌を出して眺める犬に気が付いて。

しゃがむと目があったので、その頭を撫でた。

しっぽは、パタパタと揺れた。



【END】











< 4 / 5 >

この作品をシェア

pagetop