魅惑のハニーリップ
「どうしたの?」

 私がバッグを持って立ち上がっていたため、和久井さんは少し不思議そうに見つめてくる。

「あ、いえ……なんでもないです」

 私はとりあえずまた椅子に座りなおしてしまった。

 バカだな。やっぱり行けませんって断って、すぐにここから出なくちゃいけなかったのに……
 なんとなくそれができなかった。
 それは、あまりにも酷い態度だと思うから。
 だけど結局、断ることに変わりはないのに。

「今日遥ちゃんはなにが食べたい? ごめんね。忙しかったから今日は俺、ノープランなんだよね」

 バツが悪そうに言いながら、私が椅子にまた座ったのを見て、和久井さんもなんとなく向かい側の椅子に腰をかけた。
 和久井さんはきっと、すぐにここを出るつもりでいたと思うけれど。

「あの……すみません。やっぱり私、今日は帰ります」

 座ったまま向かいの和久井さんに対し、そう言ってペコリと頭を下げた。
 ここまで来て帰るなんて、申し訳なさでいっぱいだ。
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