こっち向けよ
ブー、ブー、ブー、ブー…
不意に探すことを忘れていたケータイが鳴りだした。
濡れた鞄の中にあるそれを取り出して画面を見ると
〔津川 愛〕
と表示されている。
「もしもし」
『もしもし、まだ帰れそうにないの。凄い雨で。』
「母さんどこにいんの?」
外にいるのか、ザァーと雨音とガヤガヤと人の声が聞こえる。
『今ね、東京の歌舞伎座に居るの。』
「……は?」
『言ってなかったっけ?今日友達と歌舞伎見に行くって、』
「聞いてない…」
『あら、言い忘れちゃったかな~?まあとりあえず、凄い雨で駅が混雑しててね、電車も止まっちゃってるようだから今日は帰れないの。』
「マジかよ…」
ちょっと、それは、キョウダケハコマルンデスガ…
『うん、ごめんね?』
「いや…平気だけど。」
『舞ちゃんはウチに居るの?』
「あっちの家だよ。」
『そう…、マメに連絡取ってあげるのよ。』
「わかってる。」
『なんならウチに呼んで良いからね。』
「はあッ!?」
『ウチに着替えとかあるし、明日は休みでしょう?あ、舞ちゃんの肩掛けは母さんの部屋にあるから』
「はぁ…わかった。」
知りたかった肩掛けの在処を聞いていなくても教えてくれた。
『じゃあねー』
「うん。」