トイレキッス


洋平は絶句した。


そんなむちゃなことに、部員達がしたがうわけないと思った。
しかし、部員達は誰も文句を言わなかった。さっき逃げようとしていた三田村も、反発の姿勢をまったく見せなかった。


「それじゃ、わたしが最初にやります」


明るい声をあげながら、ミツキが前に出た。洋平はおどろいて、


「マジでやるんか」


とつぶやいた。


それを聞いて、ミツキは、まあ見ててよ、というふうに笑うと、大きく息を吸い、なんと、演歌を歌いはじめた。坂本冬美の「夜桜お七」だ。


まわりのおばさん達が騒ぎはじめた。部員達も目を見開いている。


ミツキの歌はコブシがきいていて、とてもうまかった。


歌がすすむにつれて、騒ぎ声がゆっくりと静まっていった。まわりを見渡すと、おばさん達はうっとりとした表情になって、ミツキの歌声に聞き惚れていた。


歌が終わると、すぐに拍手が鳴りひびいた。


ミツキは照れたように頭をかきながらおじぎをした。


「よし、川本は合格じゃ。帰ってもええで」


仁さんがそう言うと、ミツキは、


「じゃあ、みなさん、お先に」


と言って、元気よく走り去っていった。


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