トイレキッス
「すいません、もう一度言ってください」
「三田村順次に惚れた。どうしよ?」
頭の中で、その言葉をくりかえしてから、洋平はおどろきの声をあげた。
「まじですか?」
淵上は無言でうなずいた。
「はあ」洋平は頭をかいた。「そうなんですか」
「こういう場合、どうすればええんやろ?」
畳を見つめながら、淵上は無表情で聞いた。
「そりゃあ、やっぱり告白でしょうかね」
「できん」淵上は肩をふるわせた。「わたしにはできん」
「そんなん言われても」
「できん」
そこでふたりはだまりこんだ。
洋平はいったん話を変えることにした。
「なんでおれに話そうと思ったんですか?」
「君は三田村と親しいけん」
「はあ」
そこでまた会話が止まる。気まずい沈黙がおとずれる。やはりこのひとは苦手だと、あらためて思う。
居間のほうからテレビの音が聞こえてきた。両親が音楽番組を見ているのだろう。
淵上は、まっすぐにこちらを見つめていた。洋平とちがって、沈黙には慣れているようだ。
「えっと」洋平は何とか口をひらいた。「三田村先輩のどこに惚れたんですか?」
ぶしつけな質問だったかと、一瞬後悔したが、淵上は気にしない様子で答えた。
「三田村はね、わたしをたたいてくれたんよ」
「たたいてくれた?」
「うん、今年の三月にあった、卒業生送迎会でのことなんやけどね。わたしその会での、演劇部の舞台発表用の台本原稿をなくしてしまったことがあったんよ。急いでまた書き直したんやけど、本番には間に合わなくて、演劇部の発表は中止になってしもた。わたしは部員のみんなにあやまろうと思った」淵上は目をふせた。「でも、あやまれんかった」
「え?」洋平は眉をひそめた。「なんでですか?」