付喪狩り
大塚行人はいじめられていた。
高校二年生になった春、クラスメイトで不良の田倉信次に、目をつけられてしまったのだ。
理由はささいなことだった。休み時間に、曲がり角で誤って田倉とぶつかったことがあった。それをきっかけに、田倉は行人に何かと因縁をつけては、からんでくるようになった。
最初は、軽くこづかれるくらいのものだったが、行人が抵抗しないとわかると、だんだんと暴力的になっていった。いまでは、あいさつ代わりに強く蹴りを入れられる毎日だ。
同級生も先生も、誰も助けてくれなかった。
田倉はヤクザの息子だった。それも街で強い権力を持つ田倉会の跡取り息子なのである。
田倉は入学したばかりの頃に喧嘩で二人の不良生徒を病院送りにしたことがあった。
そのとき田倉は、気絶した二人の不良を、足をつかんでひきずりながら、校舎中を走り回った。下品な笑い声をあげながら、気絶した不良をひきずりまわした。額から血を流し、目をぎらつかせたその形相に気圧されて、生徒も先生も誰も彼を止められなかった。
これだけの事件を起こしても、田倉は何の処分もされなかった。
先生達は、ヤクザの報復を恐れたのである。
だから、行人がいじめられていても、誰も田倉を止めようとはしなかった。
行人も同様の恐怖に縛られており、田倉のいじめに逆らうことができなかった。
行人は毎日なぶられた。
殴られた。
蹴られた。
投げ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
歯を折られた。
爪を割られた。
強くひっかかれ、皮膚をはぎとられた。
小柄で色白な行人の苦痛にゆがむ表情は、田倉の加虐心をくすぐるようだった。
行人は耐えた。
誰にも救いを求めずに、きゃしゃな体で田倉の暴力を受けつづけた。
その間、頭の中で、何度もこの言葉をくりかえしていた。

石になれ。石になれ。石の心になればいい。石は怒りを感じない。石は屈辱を感じない。こんなことは、何でもない。
大丈夫。
ぼくには黒色ノートがある。
ぼくには黒色ノートがある。
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