ある考古学者とその妻

受付を済ませて、静かな廊下を歩く。渡り廊下からは、綺麗に剪定された芝生の庭が見えた。新緑の季節には、さぞかし爽やかな景観が広がるんだろうな。

そんな所で一杯やりたいなんて、言えないわ。
さぞかし美味い事であろう。

目的地に辿り着き、目の前の茶色の扉をノックする。
アールヌーボーって言うんだっけ?曲線が描き出す図案に縁取られた扉は、レトロだけど重厚感が有る。それは私を嫌でも緊張させる物だ。

「はーい、どおぞ入って。」

「失礼します。」

のんびりした声に迎えられ、考古学教室に足を踏み入れれば、真っ白い白髪頭のおじいちゃんがニコニコしている。

「私、大洋出版社の二階堂と申します。この度は取材をお受けして頂き、ありがとうございます。」

「ううん、こちらこそありがとう。こんな地味な研究知りたい人なんて、居ないんじゃ無いかと思ってたから、嬉しくって。僕は考古学研究室の寺野善彦と言います。」

寺野善彦教授。
マイナー出版社の小娘が取材申し込みした際、快諾して下さった。ありがた〜いお方です。

おじいちゃん、私もそう思うよ。
でも、目ぼしい話題が無くてさ、鉛筆に番号振って転がすあれ…マークシートなんかでやる手だわな、鉛筆に聞いてみただけなのよ。
でも、そんな正直はいら無い。
にっこり微笑み、営業スマイル。

「古代のロマン、ですわ。とても興味があります。」

名刺を渡そうとおじいちゃんに近づき、ふと気づいた。

「座ったままでごめんね。去年脳梗塞やってさ、リハビリ頑張っては居るけど中々もとの通りには行かなくて。」

車椅子に座ったままのおじいちゃんは、何でも無い様に笑って言った。
私は屈んで名刺を手渡した。

「麗子ちゃん、て言うんだ。君可愛いね。北方君は今現場に出てるけどすぐ来るよ。その間少し僕の相手をしてもらえるかい?」

そう言う事言っても嫌みになったり、やらしくなら無いのは年の功だよな。



「ふぅーん、ネイルね。麗子ちゃんはお洒落さんだね。」

何故かオセロのセットを引っ張り出し、二人でゲームを始めたのだが、おじいちゃんは、私の指先に興味深々。

何の事は無い、仕事用のふっつーのフレンチネイル。
でも、おじいちゃんにとっては物珍しい様で、見入っている。

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