ある考古学者とその妻

昭和レトロな外観の小さなビル。
大洋出版社が入っているこのビルは、見かけだけで無く、中身もレトロ。当然色々な所にガタが来ていて、壁には大きなヒビが幾つもはしっている。
耐震補強なんて、してないんじゃ無い?
夏は赤道、冬は冬山並に気温の激しい職場を、何とか人の住める環境に変えるべく、これまた旧型エアコン様は常時フル稼働。

私は腕時計に目をやると、部屋の入り口に有るコートハンガーから、ベージュのスプリングコートをひっつかみ、慌ただしく駆け出す。

「北方准教授の取材です。夜には戻ります。」
「ハーイ、気をつけて行ってらっしゃい。主に口にね。」

最後の一言が余分だっつーの。
悪かったな、口が悪くてよ。

聞こえ無い振りして、入口のドアを勢いよく閉めてやる。

私の仕事は雑誌の編集、しかも歴史雑誌。
歴女ブームを当て込んでの創刊だったが、その目論見はうちに限って外れ。
そりゃそうだ。
世の中の歴女様のターゲットは、幕末や戦国時代。
我が社の『遊歴人』は、主に古代、縄文時代から大和時代とかがメインで…マーケティングとか『何それ美味しいの?』状態よね。絶対考えた事も無かろう。
上は一体何がしたいんだと、怒りを通り越し呆れている。まぁ雀の涙程の発行部数で内容はひたすら地味な雑誌だ。

それでも学生の頃の私に言ってやりたい。
頼むから、勉強してくれ。
歴史の授業は嫌いだった。テストはいつも赤点スレスレ、超低空飛行の成績を誇る私が、今なぜこんな目に遭っているのかは…考えたく無い。





まだ肌寒い季節だ、コートの前をかき合わせバス停に急ぐ。

今回の特集は、「篠山遺跡」。
最近発掘された、環濠集落で弥生時代後期の遺跡。
その実質的な発掘責任者が陵南大考古学教室の准教授、北方良一。

年齢33才、明治大学院卒、そのままキャリアアップする方が研究はやり易かった筈なのに、地元の地味な大学で助教、准教授と進み、今に至る。

事前リサーチした情報を前に、腕を組み唸る。
ちっとも記事に出来そうな気がしない。私には面白いと感じる物が、皆無だもの。
大きくため息を吐いて、窓の外を見れば、私の心境とリンクしたかの様な曇天。
憂鬱だわ。

北方良一…どんな人だろ。
何で取材受けてくれたのかな?

私って口は悪いし、沸点低いし、接客業なんて絶対向いてない。今の仕事は接客業じゃないけれど、人を相手にする仕事だから、何年経っても慣れないな。

あぁダメダメ、諦めたら試合終了だってさ。
バスの窓の外には、煉瓦造りの大きな建物がみえた。
降車ボタンを押せば、人も疎らな車内に運転手さんの感情のこもらないアナウンスが流れる。

「陵南大前、お降りの方はお手荷物お忘れ物にお気をつけ下さい。」

気合いを入れる為、両手で頬をパンと叩く。
さぁ、戦闘開始よ。

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