ONLOOKER Ⅴ


「そういう噂あるの、知りませんでした?」
「知りませんでした。てゆうか、直姫は噂とかそういうの、全然聞いてないのかと思ってたよ」
「えぇ……」


またそれか、と思っていると、予想通り 「やっぱり、変わったね」と笑いながら言われた。
多少の自覚はなくもなかったが、そこまで何度も言われるほどではないと考えていたのだが。

「そんなことないと思うんですけど」と呟きながら、ふと、軽い上目遣いで首を傾げる、という、夏生がよくしている仕草を自分がしてしまっていることに気付いて、視線を下ろす。
ついでに少し尖っていた唇を、ぴっと引き結んだ。
それを見て、准乃介が微笑む。


「直姫には、嬉しくない変化なんだね」


直姫は答えずに、思い出したように、グラスを手に取った。
氷が半分ほど溶けて、コーヒーの上に薄い水の層を作っている。
グラスを揺らしてから、口許に運んだ。
准乃介が、視線を大きく逸らす。


「紅の前でしか弾かないのは、本当だよ」


脈絡はないが、問題はなかった。
どこを見ているのかはわからないが、特に視線の先を追いもしない。


「俺が、芸能人でも、天才ピアニストの遺児でも、頼れる兄貴でもなくいられるのは、あの子の前でだけだからね。」


ずいぶん客観的な物言いをする。
そんなことよりも、『あの子』という呼び方のほうが違和感があって、直姫はふい、と顔を上げた。
紅のことだと気付くのに、二秒もかかってしまった。
それからさらにまた六秒の沈黙のあと、直姫はぽつりと言った。


「のろけですか」
「うん」



(つづく)
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