黄色い線の内側までお下がりください

 目の前で警笛が長く連続的に鳴らされ、顔を向ける。


 かばんを胸の前で力の限り、ぎゅっと抱きしめた。


 電車が入って来たときに見たもの。



 目の前に現れたものに恐怖し、腰が砕け、その場に座り込んだ。

 
 体が動かない。

 立てない。

 震える。


 無表情の電車がすぐそこにせまる。


 振動が腰から伝わり、心臓をえぐり出すように血液が体中を回る。


 ホーム下の待避所と書かれた字が目に入る。


 そこまで這おうと、震える体をなんとか四つん這いにさせた。


 恐怖に耐えてがちがち鳴る歯、自分の意志とは真逆に大きく震える両腕、膝には力が入らない。


 金属音が近づく。


 電車がせまる。


 風に煽られる。


 ホーム上から悲鳴が聞こえた。


 全身を針で刺されたような痛みを感じ、髪の毛が逆立つのを感じた。



 待避所に行くことができない。



 もう、動けない。




 あざみの目の前には見たことのないような人の顔。


 その顔は焦げているようにも見えて、腐っているようにも見えた。ところどころ骨が見え、半開きに開いた口からは長い舌が顎のところまで伸びている。


 あざみを呼ぶように手を差し出したその手は半分腐り、虫が這っていた。




『だいじょうぶ』



 耳元で何かを囁かれ、顔を向けるとそこには真っ青な顔をした男が一人あざみと同じような格好で寄り添っている。


 涙をこぼすあざみはもうどうしたらいいのか分からない。









                                                         
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